「文明の檻」からの脱出

拙論文

「子育てのための五感型ミュージアムの開発研究」(五感のミュージアムに掲載)

を読まれた方から、次のようなお便りを頂戴しました。ご本人の了解を得て、返信ともども、掲載させていただきます。

 昨日、拝読いたしました。僭越ながら以下私の感想を述べさせていただきます。

 「視覚優位の社会によって、我々はそのほかの感覚によってとらえられてきた無数の世界を失いつつある。とくに背後に隠されている『見えないもの』の存在を、子供たちから奪うような社会が出現しているのではなかろうか」とあります。仰るとほりと思ひます。

いや、ルソーのいふごとく、世が文明化されると都市に住む人たちは、「見えないもの」に限らず、自然の野生の生き方を忘却してしまふのであつて、これは子供に限らないことなのでせう。

 また、デズモンド・モリスの『人間動物園』では、動物園の動物たちは野生の動物たちと極めて異なる環境のため、野生の生き方をしてゐるときとは違つたある種の病的な行動を示すといふことです。そして現代の人間の社会も動物園の動物と同じやうな病理に苦しめられてゐるとのことです。

 つまり、自然を「子供たちから奪うような社会」のみならず、大人たちも含めた人間全体から奪うような社会が出現してゐるのでせう。
さうさせたのは誰か。ほかならぬわれわれ人間であります。

 「子育て支援のための『五感型ミュージアム』は、五感を啓発する子育てのための『場』を開発・提供することによって、この歴史的な流れを反転させることを目的とする」とあります。
 このミュージアムは先生のいはれる「身体思考」、アリストテレスの「共通感覚」の重要さを再認識させる重要な「場」であると思ひます。
いや、自然から遠ざかつた大人たちにも是非必要な「場」ではないでせうか。「場」造りは、自然を遠ざけたわれわれ現代人の義務かもしれません。そして「五感グッズ開発研究会」は、子供たちのみならず現代の人たちの、いはば人間性回復のための『「グッズ」や「方法論」、「システム」など』であつて欲しいものです。

 五感は、本来は自然のなかで養はれ、育まれるべきものだと思ひます。とくに日本人はその情感豊かで繊細な感性でもつて自然に接してきてゐました。日本人のそのDNAはいまでもしつかりと生きてつづけてゐるはづです。
プラトンの想起説(アナムネーシス)ではありませんが、このミュージアムがそれが想起されるきつかけとなるのではないでせうか。

 それにしてもこのミュージアムは、残念ながら文明といふ檻のなかで生きざるをえないわれわれ現代人の生み出した苦肉の策なのかもしれませんね。  

追伸 

「時間を絵に描かせる」。なんと素晴らしいことでせう。実際の絵なり画像をお持ちであれば是非拝見したいものです。

拝復

 いつも真剣に拙稿を読んでいただいていること、本当に感謝に堪えません。

「五感型ニュージアム」は、哲学のミュージアム化にむけての
まことに、「文明といふ檻のなか」からの小さな脱出の試みですが、
まだまだ道半ば、所詮は檻の中、抜け道があるのかどうかもわかりません。

「時間を絵に描かせる」ワークショップも、アイデアの段階で、
いつかの実現を夢見ております。前駆段階として試みた
哲学的ワークショップ『目隠し写真 見えるものと見えないもの』
をまとめた小写真集がございます。
 ご覧いただければ幸いです。

 それにしても、いつに変わらぬ刺激的な心地よいアプローチ、
改めてありがとうございます。

茂木和行