やぶにらみ雑記帳

哲学サロン  ニーチェの『悲劇の誕生』を読む」考

                  新 やぶにらみ雑記帳   草野又郎

1.おお、皮肉屋ソクラテスよ  2.科学を芸術家の観点で見ること、」そして・・・

レジメに、
<ギリシア人たちは「最も強く、最も勇敢だった時代」の「あふれるばかりの健康、生存の充実」にむしろ悩み、「自分から怖ろしいものを求め」(p.11)ており、それが「生存の過酷なもの・戦慄的なもの・邪悪なもの・問題的なもの」(p.10)、すなわちディオニュソスへの偏愛をもたらし、悲劇を生みだしたのではないか、とニーチェは結論付けます>とあります。

「過剰そのものに悩む」(p.11)ことから「自分から怖ろしいものを求め」(p.11)る、とのことですが、「生存の過酷なもの・戦慄的なもの・邪悪なもの・問題的なもの」(p.10)といふのを、フロイトの言ふ「抑圧」と勝手に解釈すると、「悲劇を生み出した」ものは「ディオニュソスへの偏愛」、抑圧からの解放と見てよいのではないかと思ひます。人間は抑圧されたとき、つまり生命への圧力が加はるとき強く芸術を意識し求めるものではないでせうか。それによつて、アリストテレスの言ふ「カタルシス」を覚えるのでせう。ギリシャ人の「ディオニュソスへの偏愛」は、「カタルシス」を強烈に味はふことで、自分の生命に快感を覚えてゐたのでせう。

レジメに、<ソクラテスは、「知を最上位に置く「科学信仰」を生み出し、芸術を脇へと追いやる原因となった、とニーチェは断じるのです>とあります。
「知」と「情」。ソクラテスは「知」の人、ニーチェは「情」の人と括つてよいのでせう。もつと言へば、知性主義者と反知性主義者。合理主義者と非合理主義者と分けることが出来さうです。余談ながら、私はいづれも後者に属しますが・・・。

3.ディオニュソス的とは何か

レジメに、
<ニーチェは、造形的芸術(美術)を「アポロ的」、非造形的芸術(音楽)を「ディオニュソス的」と名づけ、芸術を生み出す「衝動」であると考えました。そして、アポロ的衝動は「夢の世界」、ディオニュソス的衝動は「陶酔の世界」として、この二つの対立する衝動が、いわば夫婦となって結びつき、ギリシア悲劇が誕生した、と分析するのです>とあります。

「芸術・美」といふ観点から見ますと、上記の「この二つの対立する衝動」が芸術・美を生んだといふことになりますが、ここで、三島由紀夫の著作にはニーチェと重なる部分が多くみられ、彼はニーチェにだいぶ影響を受けてゐたのではないか、と私は推測してしまひます。彼は次のやうな言葉を残してゐます。
「そこにはいわば、剛毅な魂と繊細な心とが、対立し相争うたまま、一つの調和に達している。装飾主義をもう一歩というところで免れた危険な作品。芸術品と言うものは、実はこんな危険な領域にしか、本来成立しないものだ。」(俵屋宗達について)
「相容れないものが一つになり、反対のものがお互いを照らす。それがつまり美というものだ。」(能「熊野」について)
「美しい花を咲かせるためには塵芥が要る如く、芸術は多く汚い所から生まれるものです」
 (歌舞伎について)
「われわれが美しいと思ふものは、みんな危険な性質がある。」(「美しいもの」について)
「人間の美しさ、肉体的にも精神的にも、およそ美に属するものは、無知と迷妄からしかうまれないね。」(小説「天人五衰」から)

ここで、私なりに大胆に、独断かつ無責任に、「アポロ的」と「ディオニュソス的」を対比してみます。
アポロ的               ディオニュソス的
古代文学:   枕草子                源氏物語
和歌      古今集                新古今集
建築様式:   ルネサンス様式            バロック様式
庭園:     ヴェルサイユ宮庭園          タイガーバーム庭園(香港)
土器:     弥生                 縄文
演劇:     宝塚                 能
エピクロス:  エートス               パトス

アポロ的、ディオニュソス的を漢字一文字で表しますと、
「清/濁」、「聖/俗」、「明/暗」、「知/情」、「光/闇」となるのでは、と思ひます。

4.ペリクレス演説が示唆するもの

レジメに、
<今回、ニーチェが提起しているのはギリシア人の「醜いものに対する渇望」はどこからきたのか(「自己批評の試み」三、P.17)、です。彼は、こう疑問を投げかけています。「ペシミズムや悲劇的神話、生存の根底にあるすべての怖ろしいもの・邪悪なもの・謎めいたもの・破壊的なもの・不吉なもの、に対して、古代ギリシア人は激しい好意をよせているが、それはなぜかということーつまり悲劇はどこから発生せざるをえなかったのか?」(同>)とあり、<ニーチェは「悲劇は快感から生まれた」(p.17)とし、ギリシア人は「その青春のゆたかさのなかに、悲劇的なものへの意志を持ち、ペシミストであったとすれば、どうであろうか」(p.18)と問いかけて行きます>とあります。
また、<ペリクレスは、アテナイの繁栄をもたらしたのが民主主義的な政体にあり、「恐怖も歓喜も知悉して、危険にたじろがない勇者」を生んだと力説しています(トウキュディデス『歴史』小西晴雄訳、ちくま学芸文庫、p.157)。そして「退いて生き永らえるより、守って砕けるを良しとし、戦列を五体をもって固守した彼らは、恐怖よりも光栄に極まって逝ったのである」(pp.158-159)と激賞するのです>とあり、ニーチェはこの演説に惹かれた
とのことです。

 ニーチェの『悲劇の誕生』の序論「自己批評の試み」は、先生の仰るやうに「本文のエッセンスが凝縮されている」(今回講座第1項)ものですし、特に今回取り上げられた同書の16~18ページには悲劇の誕生ついての考察がしつこいほどに述べられてゐると思ひます。まさにこの書の「核」を成すものでせう。
 私はここで、フロイトの言ふ「エロス」(生の欲望)と「タナトス」(死の欲動)を思ひ起こしてしまひます。
エロスとタナトスのせめぎ合ひ、快感原則、抑圧からの解放、思い切つて泣いたあとの快感、死の美学、(同書の)「醜いものに対する渇望」、大胆に言ふと“強さのペシミズム”、これに尽きるのではないかと勝手に思つてゐます。いかがでせうか。

5.非道徳的な芸術家としての神

 今回の、「自己批評の試み」五(『悲劇の誕生』pp19―22)は、要するに「アンティクリスト」(p23)を謳つての道徳批判と言へませう。レジメに在る、<道徳は「生を否定する意志」であり、「ひそかな破壊本能」であって、「終わりの始まり」であり「危険のなかの危険」なのです(p.22)。>に尽きるのではないかと思ひます。
 さて、ニーチェは、「世界の存在は美的現象としてのみ是認される」「いっさいの現象の背後に、芸術家的な心と底意が働いている」「非道徳的な芸術家としての神」(同19p)と
も言つてゐます。
3項「ディオニュソス的とは何か」で、私は三島由紀夫の「われわれが美しいと思ふものは、みんな危険な性質がある。」(「美しいもの」について)との言葉を挙げましたが、まさにニーチェの「芸術」「美」「ディオニュソス」を簡潔に表現したものではないかと思ひます。
昔の「婆娑羅」や現代にもある「入れ墨」など世間から不快と思はれたり非道徳的と見做されたりしますが、これこそニーチェの芸術観を表したものではないでせうか。人には嫌悪感と快感が混じりあふことに興奮と美を感じて惹きつけられることがあるのでせう。
余談ですが、歌舞伎には「仮名手本忠臣蔵」五段目の定九郎などの「悪の美」や「退廃の美」を強調する場面が数多くあります。「尽善尽美」ならぬ「「尽悪尽美」であります。
ニーチェが観たら絶賛するのではないかと想ひますが・・・はて?

6.非ギリシャ的芸術としてのドイツ音楽

 レジメに、
「ワーグナーが拠所としたのは、ニーチェも惹かれたショーペンハウアーの哲学です」などワーグナーについて述べられてゐます。また、ニーチェは、「現代のドイツ音楽は、あらゆる芸術形式のなかでも最も非ギリシャ的なものであり、麻酔剤として酔わせると同時に頭をぼんやりさせる二重の特質を持っている」ともありました。
 私は当時のドイツ音楽について知見がありませんし、ワーグナーについては、テレビの音楽番組で彼の楽曲を聴く程度のことしか知りませんので、ニーチェが自身の死ぬ前年の著「ニイチェ對ワグネル」で、ワーグナーをどのやうに評価してゐたのか、小林秀雄の「表現について」からの引用に替へることにします。以下引用。
「ワグネルに於いて、空前の豊富さに達した音楽の表現力が露はにした音楽の機器について、これほど鋭い観察を下した人はない。彼(ニイチェ)は、ワグネルの達した頂きに、「終末」と「ダカダンス」とが、既に生まれてゐる事を看破したのである。ニイチェはワグネルを、「微笑なるものの巨匠」と呼びます。」
「芸術家は、しばしば自分の一番よく出来る事をしらないのである」「表現の自在を頼み過ぎたこの音楽家は、やたらに大きな壁畫を作らうとした。大袈裟な「救ひ」の哲学を、劇場で、腑抜けの賤民どもの前に広げてみせた。まことに、己を知らぬ野心家である」と
怒つてゐます。 
 ついでに、ワーグナーについてのボードレールの意見を同書から引用します。
「ワグネルの歌劇が実現してみせた幾多の芸術の総合的表現、その原動力としての音楽の驚くべき暗示力、これがボオドレエルを、最も動かしたものであつて、言つてみれば、これは、音楽の雄弁によつて詩の饒舌をはつきり自覚した、嘗て言葉の至り得なかつた詩に於ける沈黙の領域に気付かせたといふことだ」
と、ワーグナーの歌劇を詩と絡めて論じてゐます。ご参考まで。

 ところで、ニーチェは音楽については詳しく述べてゐますが、絵画についてはどう考へて
ゐたのでせう。『悲劇の誕生』では、デユーラーの描いた「騎士と死と悪魔」くらゐしか述
べてゐません。音楽との対比といふ意味ですこしは触れて欲しかつたです。

7.抒情詩人、ディオニュソス、津軽海峡冬景色

レジメに、
(ショーペンハウアーの形而上学で)「歌うものの意識を満たしているのは、情念・情熱・動揺した情緒状態の意志の主体であり、歌謡と抒情的気分においては、個人的な関心と目の前にある環境の純粋な観照とが、異様に雑然と混合している。混ざりあい分裂した情緒の状態のすべてを写したものが、真の歌謡にほかならない」(『悲劇の誕生』p.73)とあります。
また、受講生からのご意見で、
「マークロスコの作品を見る」と「あたかも彼の絵の世界と直接一体化するような感覚にとらわれる」
「石川さゆりの津軽海峡冬景色」は「音楽が迫ってくるのは耳からだけではない。詩が直接我々にその世界へと連れ出してくれる」
とありました。
 先生は、「(ショウペンハウアーは)哲学的で言い回しが難しいだけで、言っていることは「歌い手」と「聞き手」が心の「原風景」を共有し、「根源的一者」に重なり合う、ということです。これこそ、まさに「津軽海峡冬景色」の世界ですね。」と総括されました。

 絵画を鑑賞する、音楽を聴く、演劇を見聞きするなど芸術を味はふといふことは、畢竟、
対象と自分とが先生の仰る「根源的一者」となるといふことなのでせう。
 これは音楽や演劇のやうに、自分一者のみならず、鑑賞者全体が対象と一体化することでもありませう。以前の講座「ハムレットの哲学」で述べましたが、一体感に酔ふことはこのうへない快感であると思ひます。そして芸術といふものは「人を酔はせることが出来るかどうか」がその真価を問はれることではないでせうか。
 ご参考までに、「ハムレットの哲学」での私の意見を再掲します。
●「舞台と観客」について。
 ・アリストテレスを持ち出すまでもなく、舞台演技は観客にカタルシスを覚えさせなければなりません。あゝ観てよかつた、来てよかつた、感動した、スッキリしたと
  感じさせなければ意義がありません。
 ・ギリシャ悲劇にせよ、英雄は英雄らしく振る舞ふ、観客は自分を英雄になぞらへて喜んだり悲しんだりする、これが「演劇・演技」なのだと思ひます。私にもありましたが、西部劇を観て映画館の出口では肩を怒らして拳銃を構へた振りで主人公になつてゐるやうな気分で外に出たものです。役者と観客が一体となつたやうなものです。
 ・芝居での「成駒屋!」とかの掛け声や、「ブラボ~」との喝采や、大きな拍手にせよ、観客が舞台へ、役者への援入であり、唄ひ手が観客へ向かつて「皆さんご一緒に~」とかも一体化した娯しさがありますね。ウィーンのニューイヤーコンサートの掉尾を飾る恒例の『ラデツキー行進曲で』の拍手とか、ハリー・ベラフォンテのカーネギーホールでの『マチルダ』の観客の合唱など感動しますね。童謡劇の『ピーターパン』では観客の拍手の度合ひで劇の進行が変はるらしいですね。さういへば、高座から見た観客の雰囲気で落語の題を決める咄家もゐる。映画や小説ではありえない舞台独特のパフォーマンスです。   以上。

蛇足ながら、
ショウペンハウアーは、「歌う者の意識をみたしているのは、意思の主体、すなわち自己の意欲である。それはしばしば解放され充足された意欲(歓喜)であるが、おそらくは抑圧された意欲(悲哀)であることもさらに多いであろう。」(同p.73)と述べてゐます。特に、「おそらくは抑圧された意欲(悲哀)であることもさらに多いであろう。」に注目したいです。アメリカのブルースや日本の演歌(艶歌・怨歌)が頭に過りますます。歌謡曲、大好きです。
   
8.生存の危機を治癒する魔法使い

レジメに、
「メロディーが詩に優先することを、ニーチェはかなり驚きを持って、(「同じメロディーで違った歌を歌う現象をかねがね私も不思議なことだと思っていたが、メロディーこそ最初の、そして普遍的なものなのだ。メロディーが詩を生み出す」(『悲劇の誕生』「六 詩と音楽との関係」p.78)。「言葉なんかは、たとえとんぼがえりをしたところで、音楽の内部を外にひっくりかえしてわれわれにわからせることはできない」(同p.83)とありました。
 じつは私はかねがね詞があつて音楽があるのだと思ひ込んでゐました。メロディーが先にあつて詞があとから作られるなんて知つたのは最近のことです。そんなこと出来うるのか、と。作曲家の思ひやイメージを作詞家が追ひ、詞を作り上げるより、作詞家の思ひやイメージを作曲するはうが自然ではないか、と。受講生のみなさんの詩の力の大きさこそ、注目すべきだとのご意見はすんなりと私に入つてきます。
 かうは言ひながら、そもそも他人の思ひを完全に掬ひあげることができるなんて出来るのか、傲慢に過ぎないのではないか、とも思へてきますが、これは問題が大きくなるので、ここでは措くことにします。
 
要するに、「詞と音楽との関係」は、作詞家がその思ひを伝へるためにメロディーの形式を借りるのか、メロディーの形式でしか作詞家の思ひを伝へられないのかの違いなのでせう。かう考へると、他人の思ひを隙間なく表すことが出来るのは自分で作詞・作曲するのが一番理想的となりませう。

問題はこれだけではありません。歌ひ手の存在です。つまり、歌ひ手は作詞家、作曲家の思ひ・イメージを充分に掬ひあげねばなりません。歌ひ手は自分の声(表情、しぐさ、意匠も含めて)で観衆(もちろん他人です)にディオニュソス的「陶酔」を誘はねばなりません。
かう考へると、詞・曲・歌ひ手の「三位一体」化の利点が分かります。そこで中島みゆきのやうに自分で作詞・作曲して歌ふといふ三位一体の歌ひ手がいちばん人の情感を揺すぶるのではないでせうか。歌ひ手は歌ひ方の巧拙を超えて、いかに人に「ものに酔ひたる心地」(竹取物語)を与へられるかにその真価が問はれるのではないかと思ひます。

9.ソクラテス的人間の終焉

レジメの最終に、
<「脱ソクラテス的人間」の知恵、「世界の苦悩を自分のこととして受け止め、世界を共感的な愛情で満たしてくれる」知恵を期待できるでしょうか。それとも、「仏教」の教えのなかに、その知恵が垣間見えることはあるのでしょうか>とありました。
ニーチェはキリスト教に対しては強烈な批判をしてゐます。仏教についてはどうであつたか。
『悲劇の誕生』では仏教に触れる部分は数少なく、「仏陀的な意思の否定にあこがれる危険にさらされていたギリシャ人」(91p)、「(不快を紛らわす刺激剤として)アレクサンドリア的文化か、ギリシャ的文化か、インド的(バラモン教的)文化か」(195p)「君たちは救済されねばならないからだ。君たちはディオニュソス祭の行列にしたがってインドからギリシャへ行くべきだ」(223p)「ある民族にとって、ディオニュソス祭りの狂酔乱舞から通じている道は一本しかない。インド仏教への道である。仏教はおよそ、無への憧憬を持ちこたえてゆくためには、空間や時間や個体を超越した、あの希な法悦の状態を必要とするのであり、このような状態に入るためには、現世の、なんとも言えない不快を観念によって克服することを教える一種の哲学を必要とする」(225p)くらゐしか語つてゐません。
ニーチェの最晩年の著作『この人を見よ』(世界の大思想『ニーチェ』所収。河出書房新社/昭和48年版)では、「怨恨は病人にとって禁物そのものである。このことを、あの深い生理学者仏陀は理解していた。彼の「宗教」は、キリスト教のような情けないしろものと混同されないように、むしろ一種の衛生学と呼んだほうがよいが、怨恨に打ちかつことをその功徳とした。それから魂を解放することーこれが快癒への第一歩である」とあります。
とはいへ、一般に仏教は、「人生は苦である」として苦を否定的に捉へてゐます。これはニーチェの「ディオニュソス的教え」とは相反するものではないかと思ひます。『悲劇の誕生』に、ラファエルのある比喩的な画「キリストの変容」について「苦悶の世界があるからこそ個々の人間は救済の幻影を生み出すように迫られる」(62p)とあるやうに、「苦」「苦悶」を「苦」とせずに、むしろそれに価値を置き創造的に発展しようとしたのではないでせうか。
10.わたしから学べ-笑うことを!

 いよいよ最終回ですね。かの『ツアラツストラ』が出てきました。
ニーチェは『この人を見よ』(『世界の大思想』(ニーチェ)所収)の序言で次のやうに
言ひます。
「わたしの著作のなかで独自の位置をしめるのは、わが、『ツアラツストラ』である。わたしはこの本で、これまで人類に贈られた最大の贈り物をした。何千年先にもとどく声を持ったこの本は、およそありうるかぎりの最高の本」だと。
 
私の『ツアラツストラ』(上記書所収「こうツアラツストラは語った」高橋健二訳)との出会ひは30代前半であつたと記憶してゐます。仕事に油の乗つた時期でしたが、出張や外出の折り、密かにカバンに入れ、車中の座右の書として夢中で読んだものです。ひと言で、文章も内容も「格好よかつた」といふことです。ニーチェのこんな本を読んでゐるといふ見栄もあつた筈です。とくに大切らしき、箴言らしきものに傍線を引き、自己満足に浸つてゐたといふことでせう。キリスト教、道徳、同情、隣人愛、意思、永遠回帰、快楽・苦痛、ペシミズム、そして私にとつての極めつきは「超人」「大いなる真昼」の言葉でした。たぶん、
私が「末人」だからでせう。
「わたしたちはきみたちに超人を教える。人間は克服されるべきあるものである」(ツアラツストラの序言)
「月の情事は終わった!かなたを見よ!月は現場をつかまえられ、あおざめて立っている
 -朝焼けの前に!なぜなら、すでに炎々とかがやくものがやってきたからだ。-大地に対
するその愛がやってきたからだ!太陽の愛はすべて無邪気であり、創造者の欲望である!」(けがされない認識について)
「いま初めて大いなる真昼がくる。いま初めて、より高い人間が-主人となるのだ!」(より高い人間について)

 まあ、当時の私は若かつたのですね。恥ぢらひを持ちながら想ひ出してゐます。さういへば当時、リチャード・バックの「かもめのジョナサン」(五木寛之訳)といふ小説がありましたつけ。「超人」と似たやうな感覚を持つた覚えがあります。