五感のミュージアム

★哲学のミュージアム化は果たして可能でしょうか。

 言葉によって主に語られてきた哲学を、表現の一つの場であるミュージアムのような時空間で、展開する方法を模索するための予備的な研究が「五感型ミュージアム」の開発です。

 以下にあげているのは、その一つの例ですが、これから少しづつこれまでの研究結果をご紹介していきたいと思います。
ダウンロードによるPDFファイルによる閲覧も可能です。ご活用願えれば幸いです。

私立大学学術研究高度化推進事業社会連携研究推進事業
「連鎖的参画による子育てのまちづくりに関する開発的研究
平成17・18年度研究集録」
「子育てのための五感型ミュージアムの開発研究」(07/8/20)

第一プロジェクト学内研究員
茂木和行

1、 目的

<総論>
 体感を触発する「場」を開発することによって、「心」に支配されている
身体の解放をはかり、地域・子ども・親・大学が連携した「からだ文化」
の創造により、新たな子育て支援プログラムの開発を促す。

<哲学的位置づけ>

 人間は「見る」動物である。「百聞は一見に如かず」の諺にあるように、見ることはほとんど何かの存在を「信ずる」ことに通じるだけでなく、「真理」そのものにまで通じるまでの位置づけが与えられている。アリストテレスは『弁論術』の中で、「眼前に彷彿とさせる」ように語ることが弁論術の要諦である、とたびたび語っている。ギリシア語で「真理」を表す言葉「アレーテイア」は、隠れていないこと、覆われていないこと、を意味しており、隠れたものを目の前に明らかにすること、すなわち見えるようにすることが、真理への道なのである。「知識」を表すギリシア語「グノーシス」も、「知覚する」「見分ける」を意味する動詞に由来しており、この世界の認識の元が「見る」ことによって与えられていることが暗示されている、と言えるだろう。
 視覚優位の社会によって、我々はそのほかの感覚によってとらえられてきた無数の世界を失いつつある。とくに背後に隠れている「見えないもの」の存在を、子供たちから奪うような社会が出現しているのではないだろうか。本来、子どもの世界は、大人たちが成長するにつれて失っていく「見えないもの」の存在によって彩られているはずであった。メルヘンであったり、ファンタジーであったり、ロマンであったりするそうした世界は、子どもたちの心を豊かに満たし、生きていることにワクワクと驚異を与え続けてきたのではないか。
 サン=テグジュペリの『星の王子さま』(内藤濯訳、岩波書店、2000)に、キツネがさっきの秘密を言おうかね。何、なんでもないことだよ。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」(p.99)と王子に語るシーンがある。ここで計画している子どもたちへの「五感型ワークショップ」は、視覚以外の感覚を刺激することによって、「見えないもの」の存在、たとえば、「愛」や「慈しみ」「やさしさ」などへと、子どもたちを最終的に導いていく試みである。それはまず、手や耳で「見る」試みから始まり、やがて「心」、すなわちイマジネーションによって「見る」ことに進んでいく。
 子育て支援のための「五感型ミュージアム」は、五感を啓発する子育てのための「場」を開発・提供することによって、この歴史的な流れを反転させることを目的とする。すなわち「一聞は百見に勝る」さらには、「一触は百見をしのぐ」ことのあることを明確にし、我々が「何かを本当に知る」とは、実は五感全体の総合的感覚に支えられていることを、立証していくことにある。

2、 方法

「五感型ワークショップ」の開拓、および「五感型グッズ」の開発を通じて、子育ての現場に体感型のライフスタイルを導入していく。開拓・開発の基本コンセプトとしては、

1、 全体感覚の復権(「視覚」「聴覚」「触覚」「臭覚」「味覚」さらに「筋感覚」)
2、 目で見ることから、手で見る、耳で見る、心で見る、ことへと転換していくこと
3、 ワークショップを参加型から、創造型へ変えること
を軸に置き、以下のような具体的な方法の実践を目指していく。

Ⅰ、 新しい五感型ワークショップの開拓
 ワークショップは、ミュージアムにおける重要な活動の一つである。本研究では、前記の哲学的な位置づけを念頭にしながら、子どもたちの五感を開発していく新しいタイプのワークショップ開発を目指している。以下に、想定モデルをあげる。

1、「ミロ遊び」
 デッサンが下手だったミロは、絵の先生のガリから、目隠しをして手で触ったものを描く訓練を受けた。この逸話にヒントを得たのが「ミロ遊び」。子ども達に目隠しをし、コップや電話機、おもちゃな、ど、身の回りのものを与えて触ってもらい、イメージで覚えたものを絵に描いていく。 2、「ヘレン・ケラーになる」
①目隠しをして、ほのかに感じる光のイメージを絵に描くこと。
②目隠しをして、洗面器のなかの水に手をつけたり、蛇口から流れる水にさらしたりして、感じる水を素材にしてそのイメージを絵に描くこと。
③目隠しをして、肌に感じる風のイメージを絵に描くこと。

<参考>ヘレン・ケラー『暁を見る』(ちくま哲学の森2「いのちの書」、岩橋武夫訳、1989)

3、「音聞き遊び」

目隠しをして、外の音に耳を傾け、印象的な音の風景を絵に描くこと。
<参考>三宮麻由子『そっと耳を澄ませば』(日本放送出版会、2001)

4、 「影遊び」

「影踏み」や「影絵」などの遊びが古来あるが、現代においては「影の存在」がそれこそ影が薄くなっているのではないだろうか。子どもたちにいろいろな「影」を見せて、そこからイマジネーションによって、見えてくるものを絵に描く。
<参考>シャミッソー『ペーター・シュレミールの不思議な物語(影をなくした男)』(ドイツ・ロマン派全集第五巻、池内紀訳、国書刊行会、1983)
谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(世界教養全集6、平凡社、1965)
アンデルセン『影-あなたの知らないアンデルセン』(長島要一訳、評論社、)

5、 「重力遊び」

 傾いた不安定な場所を作り、「筋感覚」を活性化すること。
<参考>養老天命反転地(現代美術家・荒川修作による反重力遊び場、岐阜県・養老町)

6、 「時間遊び」
見えない時間を、見えるようにする試み。子どもたちは、時間をどのように感じているのだろうか。彼らの感じている時間を絵に描かせることによって、彼らのイマジネーションの世界を広げていく。

Ⅱ、五感型グッズの開発

 「五感型グッズ」は、ワークショップで期待される効果を、家庭でも日常的かつ継続的に実現できるように工夫された遊び道具・学び道具である。「触ること」「聞くこと」を中心に、親子で一緒に楽しめる遊び方・学び方も考えながら、素材、組み立て、構造、機能など多様な要素を考慮に入れて、開発を進めていく。

<開発想定グッズ>

A、ペットボトルを活用した水琴窟のミニモデル「万華音」
B、触るたびに手触りが変化する「触の百面相」
C、さまざまな香りが登場する「ガウディの玉手箱」

3、経過

 本研究は平成18年度からの参画であり、初年度は「五感のミュージアム」開発に向けた「概念構築」と「予備的考察」の年にあたっている。五感のうち主に「触覚」と「聴覚」に焦点をあてながら、次の四点を主な課題として研究を進めてきた。

1、 歴史的な視点を踏まえた、五感に関する哲学的な考察の予備的研究。
2、 五感型関連の先行ミュージアム等調査研究。
3、 五感にかかわる研究会等への参加と研究者との交流。
4、 五感グッズ開発にかかわる人脈の形成と資料・参考グッズ収集。

 1については、関連書籍の収集(三宮麻由子『そっと耳を澄ませば』、ジュリア・カセム『光の中へ』、John M.Hull, Touching the Rock , Marc Llimargas, Gaudi.など)を進めながら、プラトン、アリストテレスなど古代ギリシア哲学にまで遡って五感研究の予備的調査研究に入っている。
 「視覚障害者の美術館・博物館アクセス」の副題がついたカセムの『光の中へ』は、目の見えない視覚障害者たちにとって、現状のミュージアムや博物館がいかに不十分かを明確にしながら、世界中で触覚や聴覚を活用した新しい施設やワークショップの試みが始まっている実例を幅広くとりあげており、本研究にとっては重要な入門書になっている。触覚を利用した展示の方法は「タッチ展」と呼ばれ、サンフランシスコの体験型科学館「エクスプロラトリウム」には、すでに1971年に完成した「触感ドーム」がある。直径9メートルのドーム型をした真っ暗な迷路の中を、はったり、滑ったりして触感だけを頼りに通り抜けるもので、「五感のミュージアム」には欠かせない施設の一つである。
 1992年にスペイン国立盲人協会によって設立された視覚障害者のための博物館テイフロロギコ・ミュージアム(マドリッド)は、パルテノンの神殿やガウディのサグラダ・ファミリア教会など世界中の名所や遺跡を精巧な模型によって再現し、目が見えない人でも手で触ることによって人類の素晴しい遺産の数々を「見る」ことができる。テイフロロギコ・ミュージアムについては、今年度に調査・取材を行ったので、調査結果の項目に報告してある。

 五感についての哲学的な考察については、今年度はとくに、デカルトに発する「唯脳論」的な考え方に対して、五感に優位を置く16-18世紀の哲学者たちについての研究を先行させた。ルクレティウスの言葉「感覚以上に信ずべきものが何かあるだろうか」とのメッセージを深めたモンテーニュに始まり、心を感覚体験の刻印の場としたロック、三次元の感覚は視覚ではなく触覚によって得られるとするバークリー、さらには五感を超えた感覚をもつ異星人の存在に思いを馳せたディドロやダランベールら百科全書派の哲学者たちの感覚論についての探究を深めることができた。バークリーの『視覚新論―付:視覚論弁明』(下條信輔ら訳、勁草書房、1990 )は、五感の哲学的研究と、五感型ミュージアムの現実的構築を結びつけるテキストとして、大きな位置を占めるだろう。

2については、以下のミュージアム等の調査・取材を終えてきた。

①「ティフロロギコ・ミュージアム」(スペイン)世界の記念碑的建物のミニチュアに触って「見る」、目の不自由な人たちのための博物館。
②「ギャラリーTOM」(東京・渋谷) 日本で唯一の目の不自由な人のための触る美術館。
③「感覚ミュージアム」(宮城県・岩出山町)アーティストたちによる「触る」「聞く」「嗅ぐ」「見る」の全方位型体感ミュージアム。
④「耳のオアシス」(東京・杉並区)風にそよぐ竹林のかすかな音を聞けるように四種類の耳型集音装置を配した宮前公園内のミニ施設。
⑤「国立民族学博物館」の企画展『さわる文字、さわる世界』 全盲の同博物館助手・広瀬浩二郎氏が企画した目の不自由な人たちのための触る展示会。
⑥ 京都の伝統的な音による癒し装置「水琴窟」の調査(妙心寺退蔵院、円光寺、醍醐寺、和菓子の俵屋吉富、京都駅地下一階休息所、西陣織工芸美術館)
⑦ 養護学校・都立大泉学園(練馬区大泉学園町)の体育館で行われた障害を持つ子どもたちのための「コミュニケーション機器」展示会

 3については、以下の研究会等へ参加、研究者と情報交換・人的交流を行っている。

①「子どもの城」において行われたフランス国立科学産業博物館・主任研究員ホエール・コーヴェスト氏(全盲)によるレクチャー「手で見る美術」に参加。同氏らと交流。
②国立民族学博物館で行われた国際シンポジウム「ユニバーサル・ミュージアムを考える-つくる努力とひらく情熱を求めて」に参加。触る展示に関わるニューヨーク・メトロポリタン博物館キュレーターのレベッカ・マックギネス氏やケンタッキー州の点字印刷会社が運営するキャラハン・ミュージアム・キュレーターのミケール・ハドソン氏らと交流。

 4については、以下の状況で進められてきた。

① 国内外から167社企業・団体から3万5000点を超えるおもちゃが出展された「東京おもちゃショー」で、おもちゃ会社関係者と交流。ジグゾーパズルを中心とした創造型のおもちゃ産業を目指している中堅企業「やのまん」(台東区蔵前)などの担当者と、五感グッズ開発への予備的話し合いを実施。
② コルクの積み木開発で知られる自由学園工芸研究所で、おもちゃの開発研究にたずさわる五十川由美氏と、五感を刺激するおもちゃの可能性について情報交換。
③ 外部研究員の大月ヒロ子氏(イデア代表)太田菜穂子氏(クレー・インク社長)と、五感グッズの研究会等立ち上げについての打ち合わせ実施。
④ 「五感グッズ開発研究会」の組織化と第一回研究会の開催(2.16)

4、結果

 <調査結果>

 五感に関係する先行するミュージアム施設や研究会事例などの調査結果の主なものを、場所・機会ごとに整理して以下にまとめておく。

① スペインの「ティフロロギコ・ミュージアム」とガウディの建築群

 マドリッド地下鉄1号線Estrecho駅そばの「ティフロロギコ・ミュージアム」は、1992年にONCE(スペイン全国盲人協会)によって設立された世界でも数少ない手で触れるためのミュージアムである。35にのぼる世界の著名な建築・遺跡ミニチュア(アルハンブラ宮殿などスペインが19、パルテノンの神殿、エッフル塔など海外が16)が配置され、手で自由に触れるようになっている。インドのタージマハルが現地のアグラ地方から取り寄せたオリジナルと同じ大理石で作られているように、素材感を含めて各ミニチュア・モデルは極めて精巧である。
 キュレーターのMarores Machuca Torres氏によると、触られることによってミニチュアが部分的に破損・磨耗していくので、毎週月曜日が補修日にあてられているという。床を絨毯、動線としての通路をアクリル様にして、足感覚と音によって来館者は自分の位置がわかるように設計・配慮されている。目の不自由な人が、面と角を手で「走査」していくことによって形を認識していくメカニズムの研究が進み、フランス国立科学産業博物館では「手で見るピカソ」「手で見る建築」といった触る本が作られるようになっている。すぐれた立体ミニチュアを提供しているスペインと触覚に対する認識論的なアプローチが進んでいるフランスとを「子育て支援プロジェクト」がつなげることによって、「触感開発」の学際的な研究体制が構築されうると考える。

 バルセロナのガウディ建築には、カタロニアの光と地中海の水、バルセロナの風があり、「視覚」「触覚」「聴覚」「臭覚」そして「味覚」、さらには重力を感じる「筋感覚」までが一体となって組み込まれている。「ガウディの玉手箱」などの全感覚的「五感グッズ」を開発することによって、失われつつある子供たちの感覚を取り戻すきっかけを与えてみたい。

② 「子どもの城」(渋谷区青山)において行われたフランス国立科学産業博物館・主任研究員ホエール・コーヴェスト氏によるレクチャー「手で見る美術」。

 自ら全盲である氏は、障害者も健常者もすべての人間が不自由のない博物館空間をいかに構築したらよいかのミュージアム・アクセスビリティの第一人者である。手という触覚による空間認知能力と、眼という視覚による空間認知能力が、どちらも面と角の「走査」によって行われる同一の作業であるとの最近の研究成果を取り入れ、触って芸術や建物を知る盲人のための書物「手で見るピカソ」「手で見る建築」の開発に成功した。レクチャーのあと、会場を暗くしたうえ全員が眼をつぶり、主催者からさまざまな小物が配られた。手で触って面と角を確認しながら、それがどんな形であるかを言葉で表現する実験である。私を含めて、多くの人がそれが何であるかはわかったが(私の場合はステイプラーだった)、手のひらのなかにあるその物体の形を、面と角の組み合わせで表現することには非常な困難を覚えた。

 この方式を応用して、子どもたちに手で触ったさまざまな形状物(これは、既成のものだと機能への類推からわかってしまう場合があるので、機能をもたない自由な形を造ったほうがよい)を触らせ、絵で描かせるワークショップが容易にできそうである。また、コルクなどでその形状物を形成し、「触感開発グッズ」として商品化する道も開けると考える。「盲人は、光と影と色を除いた状態で、空間を三次元で見る」と、講演後のインタヴューでコヴェスト氏は語った。五感の研究にとって、驚くべき深みのある言葉である。

③ 「感覚ミュージアム」(宮城県・岩出山町)

 アーティストたちによる「触る」「聞く」「嗅ぐ」「見る」の全方位型体感ミュージアムである。玄関を入って右手すぐに、「サークル・ン・サークル」と名づけられた巨大な歯車が目に入る。仰向けになって手と足で自転車こぎのような運動で3.2mの車輪を回転させ、同時に上下運動するチョークにより、曲面の壁に任意の線を記録することができる落書きマシンだ。体感運動が壁面に複雑な線となって残るので、自分があたかも「体感アーティスト」になったような気分を味わうことができる。柱の中の空間に首を突っ込むと、「干し草」「草いきれ」「葛」「鮎」等の匂いがする「匂いの部屋」や、全面が万華鏡の内部のようなガラスに覆われて、前後、左右に自分自身がいくつも存在する不思議な感覚を楽しめる「鏡の部屋」、あるいは暗闇を手探りする「暗闇の部屋」など、五感をさまざまな形で刺激する不思議空間に満ちている。

 そのほか、敷き詰めた白砂に投影された影が変化していく光と影の共演を見せる部屋など、アート感覚に満ちた工夫が楽しい。本研究のテーマである「五感のミュージアム」の先行形式として注目されるが、アートが優先されるこの種の施設の最大の欠点は、アーティストの提示概念がしばしば難解になりすぎて、解釈を強いる、あるいは解釈の同化を求める傾向が強いことであろう。自然のなかで草いきれを嗅ぎ、虫の声に耳を傾け、湖面に反射する光と影の戯れを楽しむとき、ああ、やはり自然のほうがいい、と言われてしまうならば、「五感のミュージアム」をつくる必要はない。感覚ミュージアムは、その意味でとても考えさせられるモデルであった。

④ギャラリーTOM(渋谷区松濤)

 村山亜土・治江夫妻が、視覚障害者だった長男の言葉「ぼくたち盲人もロダンを見る権利がある」に触発され、1984年に「視覚障害者のための手で見るギャラリー」として開設した私設美術館である。代表の村山治さんから、「盲人の手は魔法の手ではない」「心で見る、はうそである」など、深い体験に基づく貴重な話を聞くことができた。TOMは近く、晴眼者が無意識に行う空間認知の方法を用いて視覚障害者の空間認知を可能にする手段『建築の鍵』を開発した、パリ科学産業博物館のホエール・コーヴェスト研究員を招いて、手感覚の空間認知についての講演を行う。同研究員を子育て支援センターに招き、松戸周辺の親子を対象とした「触覚ワークショップ」を行えば、「五感のミュージアム」に向けた良きデモンストレーションとなろう。TOMでは、ピカソの作品を手で触れてピカソの秘密に迫る美術本「手で見るピカソ」(同研究員らが開発)の翻訳も始めようとしており、手で見る絵本の開発は、五感グッズの一つの好ましい方向性になると考えられる。

 南青山のジエム・アートは、ギャラリーTOMのミュージアム・ショップ兼ミニ展示スペースで、彫刻家の掛井五郎展を開催中である。掛井氏の作品は、手で蝋をこねて原始的な人形などを自由に作り、それを型にとってブロンズにするもので、子ども達の手感覚を刺激するワークショップの実現や、彫刻遊び的な五感グッズの開発につなげる道が見えてきそうである。

⑤杉並区・宮前公園「みみのオアシス」

 平成4年10月にオープンした、竹林を主体とする面積3,727㎡の公園の一角に「みみのオアシス」なるちょっと変わった空間がある。どう変わっているかというと、近くの竹林が風に揺れてたてる音を聞くための青い金属製の装置がいくつも置かれているからだ。この装置に耳を当てると、自分の耳で聴くのとは違った竹林の音が聞こえる仕掛けになっている。「みないみみ」は、椅子に腰掛けて小さなドーム型の空間に上半身を埋め、ドーム内で響くゴロゴロとした小さな音を聴く。「かがむみみ」は壁の向こうに寝かせた人口耳が集めた音をかがんで聞く。「のぼるみみ」は、竹林の高みにまで届くような大きな二つの人口の耳で集めた音を、階段で途中まで登って二つの耳あてから聞く。「ぶらさがるみみ」は、ぶらさがりながら向こうの竹林の音をやはり集音装置で聴くのである
どの音も、きわめてかすかで、貝殻を耳にあてたときのような感じである。

 「カラカラに乾ききった聴覚に、潤いを与える」という意味で、建築家で東京芸大教授の六角鬼丈氏が考案したものである。夏はセミの音がけたたましく、残念ながらこの装置のおそらくは「たおやかな音」を楽しむことはできなかった。このような装置を作るよりも、竹林そのもののたてる音に耳を傾け、荘子の言う「音のもとのホコラ」を感じることのほうが大切である、との議論もあるだろう。しかし、この世の中には、まだ聴いたことのない「音」が無数にあることも確かであり、アーティストたちと協力して、「聴覚のグッズ」を開発する良きヒントになったと考えている。

⑥国立民族学博物館(大阪府吹田市千里万博公園)で行われた国際シンポジウム「ユニバ
ーサル・ミュージアムを考える-つくる努力とひらく情熱を求めて」

 アメリカから二人の特別ゲストを迎えての活気ある場となった。企画者の同博物館助手(全盲)広瀬浩二郎は「目の見えない人は、逆に触覚の達人である」との視点にたち、触ることが開く新しいミュージアムのあり方を提唱し、企画展『さわる文字、さわる世界』を民博で主催した趣旨を説明した。浮き文字と展示を配置した新感覚のパンフレットを作成し、目の不自由な人が触って拝める「触れ愛観音像」や、我孫子市の野鳥彫刻家・内山春雄さん制作の手で触れて楽しむバードカービング、あるいは江戸時代に考案された盲人用の木活字、茂原市の大工・清水政和さん制作の神社の模型など、自由に触れる数十点の展示物が会場を圧倒した。白い杖をつき誘導者の説明に熱心に耳を傾ける目の不自由な来館者たちは、一つ一つ熱心に触れては、感嘆の声をあげていた。

 ニューヨーク・メトロポリタン博物館キュレーターのレベッカ・マックギネスは、同博物館の「触る展示にかける工夫と情熱を講演。ケンタッキー州の点字印刷会社が運営するキャラハン・ミュージアム・キュレーターのミケール・ハドソンは、古い貴重な書籍は、触ると壊れてしまうので、触ってもらえない苦渋について、子どもの詩を引用しながら語った。

 九州国立博物館研究員の松川博一は、日中交流の中で運ばれた「桂心」(シナモン)や白檀製の経筒などを、「体験ワゴン」にのせて匂いをかいでもらう感覚展示を始めていることを説明、視覚だけでなく「五感」全体へと博物館展示の流れが向かっていることを実感できた。「五感のミュージアム」は、いまや時代が求める博物館のあり方である、との思いを強くしている。

⑦ 京都は、地中に逆さに埋めた甕で落下水を受け反響させ、その水滴の音を楽しむ「水琴窟」の宝庫である。

 社寺を中心に、和菓子屋の中庭、あるいは個人宅のつくばいなど、47箇所が知られている。江戸の文化文政時代、200年以上も昔に庭師が考案したとされる水琴窟は、「洞水門」「伏鉢水門」「伏瓶水門」とも呼ばれ、繊細な風雅を楽しむ日本人の「音文化」の象徴となってきた。瓢鮎図で知られる妙心寺退蔵院の水琴窟は、滝の流れ落ちる庭園へと至る脇道のこずえの下にある。地の底から静かで澄んだ音が聞こえてくる。紅葉がまだまぶしい円光寺の水琴窟は、赤く色づいたもみじの根元にある。

 こちらは、竹筒で音を聞きやすいようにしてあり、水を注ぐとコロコロと耳に心地よい音が響いてくる。醍醐寺の水琴窟は、寺院内に位置する雨月茶屋に設営されている。こちらも、竹筒を組み合わせて音が聞きやすいようになっている。水を上からつくばいに注ぐと、鐘の音のような低く響く音がゆっくりと地中から上ってくる。

 和菓子の俵屋吉富の中庭にも、京都駅地下一階の休憩所にも、あるいは西陣の西陣織工芸美術館にも、微妙に違う音をもつ水琴窟があった。現在、五感グッズの候補の一つとして、親子で作る「ミニ水琴窟」を構想中であり、今回の調査取材はグッズの現実化へ向けての貴重な時間となった。

⑧養護学校・都立大泉学園(練馬区大泉学園町)の体育館で行われた障害を持つ子どもたちのための「コミュニケーション機器」展示会

 五感の一部しか使えない、指が微少にしか動かない、などの肢体不自由児を念頭においたコミュニケーション機器は、五感全体を刺激したり、足りない感覚を補うなどさまざまな工夫がされており、私たちの子育て支援「五感グッズ」開発研究に、有益なヒントを提供してくれている。身体の不自由な子どもたちの訓練グッズ700点以上を世界中から集めているアメリカのカタログ・ショップ「iwant」には、健常者の五感を刺激するのにも適した商品がいくつもあり、子育て支援センターに置いて子どもたちに使わせたいほどである。

 握ったり開いたりして形の変化と手触りが楽しめる「スクイーズ・ボール」や、無数のプラスチック・ピンに顔や手を押し付けて不思議な感触と自分自身の身体の形を味わえる「触覚刺激」は、さっそく注文したいと考えている。指を少し傾けたり、あごで押したりなど、身体のどの部分でも触れればスイッチになるシステムを開発している「Tree Ware」は、フリーエンジニアの石川雅章さんが一人でオーダーメイドの委託注文製造を行っている。現在、身体を前後左右に傾けることによってスイッチがON,OFFする「座布団スイッチ」を開発中である。これを応用すれば、おしりを動かすことによってコンピュータ・ゲームを競う「体勢感覚遊び」の形で、五感のワークショップをすぐにでも開けそうである。

<具体化への成果>
 五感の開発が子育てに不可欠であるとの認識を共有できる人たちと、「五感グッズ開発研究会」を組織化した。

 「五十川由美」(自由学園工芸研究所)「大月ヒロ子」(イデア・インク)「田中孝代」(YWCA板橋センター「障がい児きょうだいの会」)「百田郁夫」(おもちゃプロデューサー)「松本光世」(太陽の子芸術教育研究所)の五人でスタートし、2月16日に第一回研究会を行った。メンバーとして選定した五人は、いずれも五感を意識したワークショップの開催やチルドレンズ・ミュージアム事業の展開などによって、子育ての現場における五感の重要性を強く意識している人ばかりである。地域と連携した五感グッズ開発へ向けた会合として、次年度につながる生産的な研究会とすることを念頭に置いている。
当日に、以下のような設立趣旨文を配付した。

 四本の脚を宙に浮かせたまま、歩いたり、走ったりの四肢運動をさせて育てた実験用の二十日ネズミは、実際の歩行ができません。彼はバーチャル歩行をしているに過ぎず、現実世界と接続していないのです。現代社会における子育ての現場も、どこかこの二十日ネズミの姿に似てきているのではないでしょうか。インターネットや携帯電話の発達によって加速されているバーチャルの世界は、五感全体で世界をつかむのが本来であるはずの人間から感覚機能を奪い取り、「唯脳人間」を輩出しているような気がして仕方がありません。
 「五感グッズ開発研究会」は、生活世界から失われている「五感の力」を、遊びや日常生活のなかで取り戻すための「グッズ」や「方法論」、「システム」などを考案し現実化への道を開くことを目的とします。

 第一回研究会を踏まえて、新年度(平成19年度)における「五感グッズ」及び「五感型ワークショップ」の具体的開発プランが以下のように固まり、一部は具体化への道へ歩み始めている。

A、「お尻スイッチ」の開発による身体ゲームの開発
 座布団の下にお尻の動きでコンピュータ画面のカーソールを動かせるようなスイッチング機構(言ってみれば「お尻マウス」)を埋め込み、親子でさまざまな対戦ゲームを行う。このシステムは、楽しみながら「身体感覚」を養うことができ、身体の不自由な子どもたちばかりでなく、寝たきりのお年寄りでも参画できるすぐれた汎用性を持っている。
フリーエンジニアの石川雅章氏(調布市染地2-26-45 大井荘2-F)に依頼して開発を進め、8月11日(土)に国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都・代々木)で行われた『障害の重い子の「わかる」「できる」みんなで「楽しめる」支援技術とコミュニケーション支援』イベント会場において、参考出品した。身体を前後・左右に傾けることによって、お尻の圧力によってマウスと同じようにパソコンの画面のカーソルを動かし、目標のポイントに誘導することができるまでになっている。まだ、耐久性に問題があり、長時間使用していると、座布団の下に組み込んだメカニズムが疲労を起こし、動作が不能になる。今後の課題は、耐久性の向上と、このスイッチメカニズムに合ったソフトの開発にあることを、石川氏と確認した。

 11月10(土)-11日(日)の二日間、松戸市岩瀬の聖徳大学キャンパスにおいて、大学祭の「聖徳祭」が行われる。この場において、親子連れを対象とした「お尻スイッチ」による「体感ゲーム」デモンストレーションを行うことが決まっている。教室を一つ借り切り、これまでに候補にあがったコルクの積木や世界の訓練グッズを集めた「IWANT」社の製品など、五感グッズの展示も行うことになっている。

B、親子による衣装共同制作とファッションショーの開催

 五感グッズ開発研究会のメンバーの一人「太陽の子芸術教育研究所」の松本光世さんに依頼し、聖徳大学オープンアカデミー(SOA)において「五感で楽しむ親子手づくり体験講座~絵本とファッションのコラボレーション~」を9月から実施することとした。
「お子さんやお孫さんと一緒に、楽しい手づくり体験をしてみませんか? 絵本の世界をヒントに、ペアのホームウェアや小物をデザインして作ってみましょう。それを身につけてファッションショーをしたり、その写真を元に、自分たちが主人公のミニ絵本を作ったりします。幼児期に、家族と五感で楽しみながら手づくりした体験は、思い出の作品と共に一生の宝物になることでしょう」が、松本さんによるこの体験講座のコンセプトである。週一回全10回のプログラムは

1.絵本の世界から発見するファッションのヒント
2.親子で楽しむペアルックのデザイン
3.布にねころびアート感覚で型取り
4.新しい布で基本形づくり
5.古着・布用ペンで装飾&模様
6.余り布・古着で小物づくり
7.衣装完成&ファッションショーの準備
8.ショーの写真を元にお話づくり
9.場面づくり+人物写真→ミニ絵本制作
10.ファッション&絵本発表会

 順調に進んだ場合には、聖徳祭で「親子手づくりファッションショー」も開催する予定である。

C、ペットボトルを活用した水琴窟のミニモデル「万華音」のキッド開発

 京都地域における水琴窟の調査・研究により、ペットボトルを利用した小型の水琴窟を開発する目処がついてきた。水琴窟は地下に埋めた甕に水滴を地上から落とし、落下音が反響してカラカラ、コンコンという耳に優しい音として返ってくる仕組みだが、ペットボトルのなかに小型の金属片を入れると、内部の水量・金属片の大きさと傾きの組み合わせによって、水琴窟とよく似た反響音が返ってくる。基本キッドを開発することによって、親子でその家庭の音を作り出すことが可能である。

 親子で制作したミニ水琴窟は、聖徳大学10号館2階の展示空間を利用して展示会を開き、毎年11月に行われる聖徳大学学園祭でも展示していく。
松戸市の中小制作業者との共同開発を予定。

D、五感のワークショップ「ミロ遊び」「ヘレン・ケラーになる」「音聞き遊び」の具体的展開

 五感グッズの製作側の協力者として、ジグゾーパズルを中心とした創造型のおもちゃ産業を目指している「やのまん」(台東区蔵前)、コルクの積み木を製作している木工業者「永柳工業」(墨田区京島)、ナノ・レベルの微細加工技術で知られる「三井刻印」(東久留米市)らをリストアップ、「五感グッズ開発研究会」に順次招いて製作する側の視点からも開発を進める体制が整ってきている。そのほか、千葉県我孫子市在住の「バードカービング」(木彫りの野鳥彫刻家)第一人者・内山春雄氏ら千葉県や松戸市の「触の技能者」のネットワーク化を目指し、松戸商工会議所を通じた地場産業との連携も進めつつある。

5、 課題

<理論的土台の必要性>
 子育てにおける五感の重要性は、すでにプラトンが『法律』の中で、振動や運動を与えることが健全な精神の子供を育てるのに大事なことである、というようなことを述べている(『法律』790C-791A)。生きることにもっとも本質的な感覚は臭覚である、と語るアリストテレス(『霊魂論』434b10)は、見ていることを感じているのは視覚ではなく、聞いていることを感じているのは聴覚ではない、すべての感覚に伴う「共通の感覚」(コイネー・アイステーシス)がある、との興味深い指摘をしている(『睡眠と覚醒について』445a10-20)。

 西洋哲学の流れは、デカルトへの道に象徴されるように、「感性」よりも「理性」重視へと傾いてきた。「唯脳論」に集約される「心=脳」の図式は、人間の思考が実は五感による感性的思考、<これを私は「身体思考」と名づけているが>、に負うところ大であるという事実を看過してきた、と言うべきなのではないだろうか。アリストテレスの「共通感覚」は、身体思考の中心として注目すべき概念であり、これからの格好の研究課題である。

 歴史的な五感研究の予備的調査によって、バークレーやヴォルテール、ディドロ、コンディヤックら、西洋哲学の流れでは亜流にされがちな哲学者たちが、緻密な論理と実証的な研究により、人間にとっての五感の意味合いを問うてきたことがわかってきた。子育て支援のための五感の研究は、プラトンやアリストテレスにまで遡っての「五感の哲学」の構築が何よりも土台として求められる、ことを示している。

<グローバルとローカルの結合の必要性>

 京都の水琴窟に代表されるように、日本には繊細で豊かな「感覚文化」の土壌がある。一方、西洋では理性崇拝への反省から、理性の代理人である視覚以外の五感を触発するプロジェクトが、視覚障害や聴覚障害の研究を発展させた形で進められるにいたっている。ドイツでは、フランクフルト盲人研究所が体感で音楽を「聴く」装置を開発しつつある。フランスではパリ・国立科学産業博物館が「触れて感じるピカソ絵」を開発している。日本の伝統的な感覚文化と、西欧の感覚表現技術を融合することによって、子育てのための新しい五感文化を開発していく可能性は十分にある。言うまでもなく、日本というローカルがあれば、世界各地にも無数の文化的ローカルがある。グローバルとローカルの融合による多様なグローカル五感文化が花開くとき、世界の子育て絵図はガラリと変わるに違いない。そこへ向かって努力していくことこそが、最大の課題であろう。