平成26年度第Ⅰ期講座プラトンの『国家』を読むⅠ

 平成26年度第Ⅰ期講座プラトンの『国家』を読むⅠ
5月13日(火)~7月15日(火)までの全10回(記録は9回)。

1、ソクラテス産婆術の実相 2014.5.20 真理という子ども
2、ソクラテス問答法の手法 2014.5.27
3、正義の<はたらき>、不正の<はたらき> 2014.6.3
4、三種類の善と正義 2014.6.10
5、透明人間になれる指輪があったら… 2014.6.17
6、「必要」が国家の起源だ 2014.6.24
7、魂の三分説 2014.7.1
8、神々とはいかなる存在か 2014.7.8
9、『国家』に秘められたプラトンの意図 2014.7.15

全体の概要は、以下のとおりです。

 イギリスの哲学者ホワイトヘッドは言っています。「西洋哲学の歴史は、プラトンの脚注を作っているようなものだ」。まことにその通りで、現代におけるさまざまな問題の解法は、なんらかの形でプラトンの著作に込められているといっても過言ではないでしょう。
「洞窟の比喩」で知られる『国家』を、ときに原典にあたりながら、ゼミ形式で読み進めていきます。

 1年間計30回の講座で、岩波文庫版『国家』(上下2巻、藤沢令夫訳)を読み切りたいと思います。
 受講生の中から各回の担当者を決め、興味を感じた箇所をズームアップ形式で発表してもらうスタイルをとることになりました。

 参考までに、全10回の予定箇所から、次のような言葉を選んであります。
あげてある当該頁は、1989年の版なので、新版ではやや異なっています。

1、第1巻一~五(~27頁)

ソクラテス

「あなたはもう、詩人たちの言葉を借りれば、『老いという敷居にさしかかっている』と言われるその齢(よわい)にまで達しておられるわけですから、それは人生のうちでもつらい時期なのか。それともあなたとしてはそれをどのように報告なさるのか、聞かせていただければありがたいですね」

                      (ソクラテス、p.20)

2、第1巻六~一一(28~48頁)

 「もし正義とは何かをほんとうに知りたいのなら、質問するほうにばかりまわって、人が答えたことをひっくり返しては得意になるというようなことは、やめるがいい。答えるよりも問うほうがやさしいことは、百も承知のくせに! いやさ、自分のほうからも答えを提出しなさい。あなたの主張では、<正義>とは何なのか、ちゃんと言いなさい!」
                     (トラシュマコス、p.44)

3、第1巻一二~一九(48~78頁)

 「見たまえ、これがソクラテスの知恵というやつさ。自分からは教えようとしないで、あちこちと歩きまわっては他人から教えてもらい、しかもそれに対して謝礼を支払おうとしない、というのがね」
                     (トラシュマコス、p.49)

4、第1巻二〇~第2巻二(78~107頁)

 「おや、ではどうだというのかね?」(ソクラテス)
 「あべこべだよ」と彼は答えた。
 「正義を悪徳とよぶというのかね?」(ソクラテス)
 「違う。世にも気だかい人の好さ、と呼ぶ」(トラシュマコス)
 「すると不正のほうは、人の悪さと呼ぶわけかね」(ソクラテス)
「違う。計らいの上手、だ」と彼は言った。
                             (p.79)

5、第2巻三~一一(107~137頁)

 「そういうわけですから、どうかわれわれのために、ただ<正義>は<不正>にまさるということを言葉のうえで示すだけでなく、それぞれは、神々と人間に気づかれる気づかれないにかかわりなく、それ自体としてそれ自身の力だけで、その所有者にどのようなはたらきを及ぼすがゆえに、一方は善であり、他方は悪であるのかを示して下さい」 
                   (アデイマントス、pp.127-128)

6、第2巻一二~一九(137~166頁)

 「アデイマントスよ、ぼくと君とは、目下のところ、作家(詩人)ではなくて国家の建設者なのだ。そして国家の建設者としては、作家たちがそれに従って物語をつくるべき、そしてそれにはずれた創作は許してはならないような、そういう規範を知るのが役目だというべきだろう。けっしてわれわれ自身が実際に物語をつくるべきではないのだ」
                       (ソクラテス、p.159)

7、第2巻二〇~第3巻五(166~193頁)

 「ぼくが言っているのは要するに、真実に関して魂において偽り、偽りの状態にあり、かくて無知であること、そして魂の内に偽りをもちまた所有していることーこれをどんな者でもいちばん受け入れたがらないし、そのような場合の偽りを何よりも憎むということなのだ」
                       (ソクラテス、p.169)

8、第3巻六~一二(193~223頁)

 「したがって、われわれが最初に定めた原則―すなわち、われわれの国の守護者たちは、他のすべての職人仕事から解放されて、もっぱら、国家の自由をつくり出す職人としてきわめて厳格な腕をもった専門家でなければならず、およそこの仕事に寄与することのないような他のいっさいの営みに手を出してはならない…」
                        (ソクラテス、p.201)

9、第3巻一三~二〇(223~251頁)

 「ぼくの見るところでは、身体は、それがすぐれた身体であっても、自身のその卓越性によって魂をすぐれた魂にするというものではなく、むしろ反対に、すぐれた魂がみずからのその卓越性によって、身体をできるかぎりすぐれたものにするものなのだ。君にはどのように思えるかね?」
                         (ソクラテス、p.223)

10、第3巻二一~第4巻四(251~278頁)

 「それではこのこともわれわれは、もう一つの課題として守護者たちに命じることにしよう。すなわち我らは、国家が小さくもならず、見かけだけ大きな国になることもなく、充分であり、かつ一つであるようにと、あらゆる手段をつくして見張らなければならない、ということをね」
                         (ソクラテス、p.270)