平成26年度第Ⅱ期講座プラトンの『国家』を読むⅡ

★2014年9月30日(火)から、全10回の予定で始まった平成26年度第Ⅱ期講座プラトンの『国家』を読むⅡは、12月16日(火)に無事、終了しました。

1、健全な魂が健全な身体を作る 2014.9.30
2、多様は放埓と病気、単純は節度と健康 2014.10.7
2の付記 「それであるところのもの」とイデア 2014.10.21
3、銅や鉄の人間が守護者となるときその国は滅びる 2014.10.21
3の付記 善悪を知る知 2014.10.28
4、デカルトと梅若玄祥からイデアを考える 2014.10.28
4の付記 「響き合う」議論 2014.11.18
5、誰かの幸福よりも国全体の幸福を考えよ 2014.11.18
6、余計なことに手出しをしないのが「正義」だ 2014.11.18
「響き合う議論」続き 哲学とは何か、を問う 2014.11.25
7、魂の三部分が調和しないと悪徳がはびこること 2014.11.25
続々「響き合う議論」:「ありのままの私」とは誰のことか-デリダ、パスカル、そして「アナと雪の女王」 2014.12.2
再々「響き合う議論」 ハイデガーの実存と「ありのままの私」 2014.12.9

講座概要
 世界は至る所で火種を抱えています。資源エネルギーをめぐっての国家間の争いを収束させる有効な手立てはあるのでしょうか。国家のあり方を正義の視点から多様に解析するプラトンのソクラテス対話篇『国家』に、グローバル化した現代社会の複雑で根深い問題を解く鍵があるーこう信じて、前回に続き名作『国家』を、ときに原典にあたりながら、ゼミ形式で読み進めていきます。

1、健全な魂が健全な身体を作る

 教育に怖いシーンや不敬虔な描写を厳禁したプラトンは、いよいよ論議が絶えない「芸術物真似論」の展開に入っていきます。ギリシア語の「ミメーシス」は、模倣、模写、写像の意味をもち、原型にあたる何かを真似ること、あるいは原型の写し絵、を指します。

 プラトンは、ホメロスの物語などを引用しながら、創作や物語においては、報告的な単純な叙述と、登場人物らを真似る対話の二つの形式がある、と話を進めます。「何を語るべきかはすでに述べられたが、いかに語るべきかをこれから考察しよう」とソクラテスは言い、国の守護者になるような人は、「勇気」「節度」「敬虔」「自由な精神」などを子供のときから真似すべきであって、賤しい性格の物事や、女や奴隷、劣悪な男たち、臆病な男たち、さらには鍛冶屋や三段橈船を漕いでいるところ、馬のいななきや牛の吠えるところ、河の音、波の音、雷鳴も真似してはいけない、と付け加えます。そして、彼らがホメロスを読み上げるとすれば、必然的に真似の部分が少なくなり、話し手がつまらない人間であればあるほど、真似するところが多くなるだろう、と続けます。

 語り方は、魂の「良き品性」(エウエーテイアεὐήθεια:エウεὐ良い、エートスἦθος品性)に従うものでなければならない、と結論づけられます(第三巻 239頁)。これは詩人だけでなく、建築なども含めたあらゆる音楽・文芸(μουσικήムーシケー)にあてはまり、恋やさらに体育のあり方にも適応されます。結果として、「健全な魂は健全な身体に宿る」の反対をソクラテスは主張することになります。「すぐれた魂がみずからのその卓越性ἀρετήアレテ―によって、身体をできるかぎりすぐれたものにするのだ」(第三巻 247頁)。

 ソクラテスの話は音楽における調性や韻律・リズムにも及びます。悲しみや嘆きを感じさせるような調性や柔弱・怠惰な調性は排除され、リズムも複雑なものは駄目で秩序ある生活や勇気ある人の生活を表すものでなければならない、とされます。プラトンは、『ラケス』において、ドリス(ドリア)調を「ギリシアの調」と讃えています(188D)。

 『国家』におけるプラトンのミメーシス論議は、やがて、芸術は神のイデアを模倣しているに過ぎないことを強調し、ホメロスら詩人たちの創造性を否定していくことになります。この問題は、オリジナルとは何か、という現代の芸術論議にまでつながっていくことになります。さて、プラトンはこの問題をいかなる形で展開していくのでしょうか。