続続やぶにらみ雑記帳

                          草野又郎
1. 小林秀雄作品のなかに「哲学」はあるか

 レジメでは、「哲学とは何か」の定義から始めてゐます。アリストテレスの「人は生まれたときから知ることを欲する」の言葉も出てきました。
私は今まで、自分なりに本を読み、講座を受け、TVなどから知識を吸収してきたつもりですが、知ることによつて知らないことがどんどん広がつてゆき、それを追い詰めてゆく喜びと充実感を味はつてきました。ところが最近、その広がりを追いかけてゆくのが面倒になつて、知ることが恐ろしく感じ始めて、不本意ながら自分の知力、体力の限界を「知る」ことになり、諦めが生じてつひにははふりだしたくなつてきてしまひます。

 内田樹が、「無知は単なる知識の欠如ではない。「知らずにいたい」というひたむきな努力の成果だ」なんて言つてゐますが、私は「ひたむきな努力」をしてゐるつもりはありませんが(でも、これが、フロイトの言う無意識・抑圧なのでせうか)、「知る」ことに疲れたのは間違ひなささうです。でも、疲れても広がりに追ひつかうと無理やり自分を奮い立たせようと思つてゐます。
ところで上記の「知る」意味とは横道に外れてしまひますが、昨年の講座「ハムレットの哲学」で私が寄せた「「知る」といふこと」について蛇足ながら末尾に」再掲いたします(註)。
 
 さて、レジメにあります、青山が小林の作品は「魚を釣ることではなく、釣る手つきを見せるだけ。お前さんには才能がないね」についてです。
 青山二郎は小林秀雄に面と向かつてズケズケ言ふところがあり、小林秀雄との対談でも
「小林の文章だと何か終いには絵は要らないというふうになちゃうんだよ。画家(えかき)のことが主要な問題になっちゃう」とか、「悪くすると、お茶を習うからお茶碗が見えてくるというふうに、あの文章よむから絵が分かったような気になる人間が出てくる」「何かそこでもって小林がぽっと釣り落とすものがあるんだよ」「小林のは鏡にうつった小林なんだよ。おれはそれが気に入らないのだ」(以上、『文学と人生について』(文春文庫昭和57年版所収)対談「形を見る目」より)など言いたい放題です。
 
 坂口安吾は「教祖の文学」(『堕落論』文春文庫昭和52年版所収)で、「小林の文章は心眼を狂わせるに妙を得た文章だ」と皮肉交じりに言ひ、「(世阿弥についての文で)小林に曖昧さをもてあそぶ性癖があり、気のきいた表現にみずから思いこんで取り澄ましている態度が根底にある」「あげくの果てに、小林はちかごろ奥義をきわめてしまったから、人生よりも一行のお筆先が真実なるものとなり」などと小林を痛烈に批判してゐます。一方、坂口/小林の対談(『人間の進歩について』文春文庫昭和56年版所収「伝統と反逆」)では、小林「(「教祖の文学」について)誤解されて困るんだ」。坂口「誤解じゃないよ。あれくらい小林秀雄を褒めててるものはないんだよ」と話してゐますが、芸術論、人生論、文学論など興味ある内容で、ああ、なるほどね、と思つた部分が多く、よく納得したものです。

 ここで、レジメ末尾の、「哲学が釣れた」と、あなたががたは思いますか。それとも「釣れるそぶりをしているだけ」と思いますか、についてです。
 青山二郎にしても坂口安吾にしても「そぶりらしきもの」と指摘してゐるやうに読めますが、決して「そぶりをしているだけ」ではないと思ひます。彼らの言はんとするのは、物ごとの周りを丁寧に論ずるけれども肝心の核心部分が疎かであるといふことなのでせう。

 そもそも小林秀雄は「そぶり」とか「ふり」をするやうな品下る人物ではないと思ひます。「魚を釣れるそぶり」どころか、魚を釣つて煮たり、焼いたり、刺身にしたりで自由自在に魚を料理してゐるのではないかと思つてゐます。彼への批判は自在な料理人だが、魚の味、それ自体を深く味はつてゐないぢやないか、といふことなのでせうか。彼のあの名高い「モーツアルト」もさうなのでせうか。さうは思へませんが。

 江藤淳も別な角度から彼を批判した時期もありましたが、彼のよき理解者でもあつたといふことです(江藤淳は小林の『モーツアルト・無常という事』(新潮文庫昭和54年版)の解説で例の「魚を釣ることでなく・・・・・」について小林の「涙だか洟だか知らないもの」に感想を寄せてゐますね)。
 
 私にとつての小林秀雄は、単に小林秀雄ではなく、「我が小林秀雄」で、まさに教祖と勝手に崇めてゐます。坂口の言ふやうに「(教祖に)みずから思いこんで」ゐるきらいがあることは否定しませんが・・・・。

(註) 
●「知る」といふこと。
・「To be ,or not to be, that is the question.」について、レジメでは、お一人の受講生の解釈は「そうなのか、そうではないのか、知りたいことはそれだけだ」というもので、(略)つまりは、「本当のことが知りたい!」という叫びと理解すべきであろう、とあります。
 ・アリストテレスに、「人間は、生まれつき、知ることを欲する」とありますし、哲学は 「愛知」であるとも教はりました。世の中、知を欲し愛するどころか、知らねばならないことがいっぱいあるし、そもそも知らなければ社会も渡つてはゆけません。
 ・ところが、世の中には、「知らないはうがいい」「知らなかつたはうがよかつた」とのケースが少なからずあるのではないだらうか。
 ・「ものは思ひ知らぬこそよけれ」(とりかへらば物語)、「知らぬが仏」のやうに。卑近な例ですが、夫なり妻なりの不倫を知つたら心が掻き毟られる苦悩を味はふことになりませうし、知らなかつたら普段通りの生活であつたことでせう。また、外部の懸念があつたことを知らなかつたお陰で思い切つた手段を採れて成功した、とか。知つたために余計な心配やトラブルが起こつたりすることも多い。「知る」が多ければ憂いを増すことがあるもので、無知は有知に勝ることがある。
 
●(ついでに)「識る」といふこと。
 ・ものごとを「識つてしまふ」と、想像力が損なはれてしまふのではないかと思ひます。 
  美術館で、絵画や彫刻そのものを観る前にキャプションを読む者がゐる(じつは私もさうですが)。また、イヤホンで解説を聴きながら鑑賞する者がゐる。ほんたうは「識る」前に、「観る」「感じる」「想像」して味はふことが大切ではないかと思ひます。
 ・美・芸術は、まづ身体で感じるもので、頭で理解するのはその後でよい。そもそも美は言葉を黙らせるものではないか。予断なく子供の目で見ればよい。ピカソも「今は感動はない。だから感想が湧くのだ。感動には叫びはあるが言葉はない」と言つてゐますね。小林秀雄のかの有名な言葉「美しい花がある。花の美しさといふやうなものはない」と。金剛般若経に「応に住する所無くして其の心を生ずべし」とあります。先入観や過去の経験や知識を無くせ、と。「識」が干渉すると台無しになつてしまふことがある。「月を愛でるに天文学は要らない」のであります。
 ・前(さき)に「識る」ことは、ホントを知ることを鈍らせてしまふのではないか、と。                          以上

2.常識について小林秀雄と考えよう

 <小林秀雄のデカルト論を糺す>について
・レジメで、「人間には等しく真理を見通す力「理性」があり、神から独立して万有を見通すことが出来ることを宣言したのがデカルトの最大の功績なんです。」また、「神から離れた個々の人間の存在そのものを第一原理としたのです。」とありました。私は、デカルトは自分自身の存在を根拠づけるものとして神の存在を証明したと理解してゐました。自分の存在は神によつて保証(?)されてゐる、と。つまり神が必要だつたのでせう。

 ところが、先生の、「(デカルトは)神から独立して万有を見通す」と。また、「神から離れた個々の人間の存在」「神がいなくても考えている自分がある」とあつて、私の「(デカルトは)神を必要とした」との考えへとちぐはぐになつて困惑してしまひました。神学が常識であつた時代を抜け出すどころか、デカルトは神の存在を土台にして思考を重ねたのではないかと思つてゐました。私はどこかでボタンを掛け違へてゐるのでせう。そのどこかが分かりません。
 
3.随筆を自負する小林秀雄の学問観

 「常識」について皆さんのご意見が出揃つたやうです。私は、常識といふのは民族、宗教、国家、それぞれの時代、文化によつて違ふものだと考へます。また同じ国家・宗教・時代の中でも常識が違つてくる。日本の直近の100年でも戦前・戦中と戦後では世間の常識が違つてくる。また階層間でも違ひがある。たとへば日本の平安時代の貴族間と庶民間の常識も違つてゐたであらう。いま、「間(あひだ)」といふ言葉を入れましたが、つまり常識といふのは同じ文化的ネットワークに通用するしごく当たり前の<同種の者が「常」に「識」つてゐる>ものと言へるのではないでせうか。

 ところで、いはゆる「常識」に従つてゐると、飛躍的な発想や行動が出来にくくなるのではないでせうか。「脱常識」とか「常識破り」、或ひは、「型破り」や「型を超える」と全く違つた世界が開けてくることがありますね。それが進歩なのか退歩なのか判りませんが、
 まあ「常識」的には進歩、進展といふことなのでせう。

 話は飛びますが、哲学、思想の分野で、「ポスト実存主義」や「ポスト構造主義」、今は「ポストモダン」とかいふ言葉がありますが、「ポスト」といふ言葉は、今までの「常識」は通用しませんよ、といふことになるのでせうね。。
 
「耳で聞くな、気で聞け」は、聴いた音楽、観た絵画、演劇などにも言へることでせう。

 小林秀雄の「人形」については、「分別」といふより、先生の仰る「目の前の風景の持つ『意味』への気づき」で、その場の空気が支配する「意味」を感じ取つたのでせう。この日本人独特の空気感は世界には不思議なものとして感じられるでせう。
 そもそも日本人は「おせっかい」を嫌ふものですし、「強く自己主張はしない」、「引っ込み思案」、よく言へば「謙虚」、悪く言へば「自信が無い」、「流れに任せる」といふ気質があると思ひます。
 ここで一言余計ですが(素人のくせに小生意気にも)、この「気質」といふ言葉はある種の「形」、「型」、若しくは「枠」で、構造主義でいふ「構造」と捉へてもいいのではないかと思ひます。「気質」は日本人の心に組み込まれてゐる共通の意識といふ「構造』の内に置かれてゐると解釈出来るのではないか。山本七平の「空気」もまた「構造」なのでせう。
  
4.小林秀雄の「考える事」を考える

 広辞苑(第4版)によると、「考える」とは、①実情を調べただす。②思考をめぐらす。
③学ぶ、学習する。他となつてゐます。
 レジメでは、「彼(小林)のしていることは、荻生徂徠の言っている事の紹介ではないでしょうか」、また、「先人が考えていたこととは何かを調査するすることにつきるのではないか」とありますが、私は、エッセイ「考えるという事」で、小林は仁斎や徂徠、宣長の考え方や思想について将に思考をめぐらしてゐるのではないかと思つてゐます。

「1. 小林秀雄作品のなかに「哲学」はあるか」で、私は、魚を釣るそぶりではなく、釣つた魚を自由自在に料理してゐる、と述べましたが、このエッセイは先人たちを「料理」ではなく「解釈」してゐると見る事も出来さうです。「解釈してゐる」といふことは「~と考へてゐる」「~と理解してゐる」「~と認識してゐる」といふことへと勝手に「考へて」ゐることになつてしまひますね。だいたい、「解釈」も「理解」も「認識」も違ふ言葉なのだからそれぞれの意味が違ふのが当然で、どれが一番「考へ」に近い言葉なのか、といふことでせう。どれが近いのか分かりません。

「考えるという事」といふ題名について

 小林はこのエッセイで、「私が<考へる>といふ言葉の意味合ひはかういふ事です」と言つてゐるわけではないと思ひます。つまり、「考へる」といふ概念を述べてゐるのではなく、先人たちが考へた事を述べて、私(小林)は彼らを「このやうに考へてゐます」といふことではないでせうか。私は、「考えるという事」といふ題名に哲学的意味合ひを取つてしまひましたが、彼は単に先人たちを肴にして一杯飲(や)つたといふことでせう。こちらは一杯喰はされました。だいたい、<考える>といふ事をエッセイの形では無理があり、一大論文となるのが普通ですよね。

5.小林秀雄にとっての「ヒューマニズム」

 皆さんのご意見のなかに「哲学的に考えるとはどういうことなのだろうか、普通に考えるのとどこが違うのか、そんなことを自問している」とありました。15年の歴史を持つこの講座(尤も私が直に受けたのは10年位で残りは先生のHP上のみですが)で私が最も衝撃を受けた中のひとつのご意見でした。凄い人がゐるものだ、と。私は「どこが違うのか」分かりませんが、分からうと努力したいものです。
 因みに、今回ランボオの誌が紹介されてゐましたので、ランボオは「考える」についてかう述べてゐますね。「私は考える、と言うのは誤りです。ひとが私を考える、と言うべきでしょう。洒落を言っている訳ではありませんが。私とは一個の他者なのです」と。これも私には読解しかねますが、どうやら逆説的に「まづは自己を客観的に認識すること」といふことのやうです。
 今回ランボオの「渇の喜劇」に小林秀雄と中原中也の訳詞が紹介されてゐますが、私の手許の『ランボー詩集』(堀口大學訳)(新潮文庫。昭和52年版)での堀口の訳はかうなつてゐます。ご参考まで。

「先祖の声」
 わしらはそちの遠つ祖、大祖よ!
 月と草葉の冷汗にびっしょり濡れて、
 わしらが地酒にゃ情味があった!
 嘘いつわりのないところ
 人間に何が大事か? 飲むことよ。
僕の声―野蛮な河に溺れ死ぬ。

 さて、レジメに小林と中原の「どちらの訳に軍配をあげますか」とありました。私は常々思つてゐるのですが、訳詞なり小説の翻訳なり(映画の字幕もさうですが)を評価するのは難しいものだと考へてゐます。なぜか? 原文を読めない(聞けない)からなのです。原文を読めたとしてもどう日本語に訳するのが適切なのかが分からないのです。軍配をあげるためには原文の意味なりニュアンスを適切に捉へる必要があると思ふのです。まして原文に当たることをせずに評価するのは如何なものかと。

 と言ひながら、そもそも誌なり小説なりは訳者の感覚で捉へていいのであり、なにも原文に忠実であるのが訳の本意ではないとも言へます。だからいよいよ分からなくなるのです。
じつは学生時代、山の仲間で停滞(激しい雨天の場合の行動は中止)中にテントの中で、「翻訳文学是か非か」について暇に任せて論争したことがあります。私は非の方でしたが(例へば、古文の「あはれ」を適切に表現出来るのかと)、相手は、ならばシェークスピアやドストエフスキーなど世界の文豪たちの文学はどうなつてしまふのだらう、優れた文学は普遍的なものなのだよ、訳の巧拙など小さなことだ、と。するともう一人がしやしやり出て、カール・ブッセの上田敏訳「山のあなたの・・・」を出して、原文がどうあれ人の心に響いてくればそれでいいぢやないか、と。私は「う~ん」と唸つてしまひました。
 
 最後に、中也は「ランボオを読んでいるとほとんど好い気持ちになれる。なんてきれいで時間の要らない陶酔が出来ることか!/聖い放縦というものが可能である!」とあり、「聖い放縦」とはいったいどんな“放縦”なのでしょう」とありました。私が勝手に推察するには、「聖い」とは、純な、純粋に、真つ直ぐに、一方的に、のめり込んで、余りなく、といふ意味合ひがあるのではないかと思ひます。つまり放縦そのもの、放縦にのめり込む、他の這入る余地を残してゐない、と。
私に一言余計に言はせると「美しい放縦」までに高めたいなあ、と。

 どうも、檀一雄や坂口安吾、太宰治、織田作之助などの無頼派作家が頭に浮かんできてしまひます。中原中也も彼らに近いところがありさうです。

 「聖い放縦」とは、ただ只管に放縦してみたい、といふ私の夢想であります(出来つこないけど、

出来ないだけに憧れてしまひます)。

「遊びをせんとや生まれけむ」(梁塵秘抄)

「一期は夢よ ただ狂へ」(閑吟集)