草野心平と存在の愛(かな)しさ

★2013年正月

「てつがく」問答を続ける読者から、草野心平の詩は、

「存在の愛(かな)しさ」と孤独が強調され」「一方で野性的なまでの生命力に満ちて」「無限の時空間」「原始的空間を背景とする幻想的実存感覚の表現」

である、と教えられました。さっそく詩集「蛙の歌」(岩崎書店)を紐解き、次のような詩を見つけました。

新氷河時代

 第五の氷河時代がいつかまた。
 おとなしい地球にくるだろう。
 南や北の極からじりじりと。 
 空気もひび割れ。 
 青ガラスの陣陣で迫ってくるだろう。
 人間たちも死ぬだろう。
 けれども蛙たちは死に絶えず。
 人間たちも生き残るだろう。二つも三つも氷河の時代を経験した蛙たちは。
 矢張りなんとか生き残って。
 例えばそうだ。曾て蛙は。
 タクマラカン砂漠のなかの草の河で。
 ヘディンを死なせず生きる契機を与えて死んだのだが。
 生き残っていたから水たまりの水と一緒に協力してヘディ
  ンを死から救ったことはたしかである。
 おだやかな地球に動植物は繁栄し。
 蛙たちも鳴きつづけた。
 (おだやかでないのは核や爆弾。)
 (颱風圏。)
 とは別にジリジリとやがて。
 第五の氷河時代はくるだろう。

 昨年のSOAⅡ期講座「カントの判断力批判(下)を読む」の

8、全自然はなんのために存在するのか、の問い

で、太陽系は1億4000万年ごとに超新星爆発の頻度が高い銀河の腕を通過するために極端な寒冷化(氷河期)に陥り、7000万年前の恐竜絶滅もそれと関係があるのではないか、という説を紹介しました。太陽系はあと7000万年たつと再び銀河の腕を通過します。これが草野心平の言う第五氷河期にあたります。
 彼の時空を超えた実存感覚は、最先端の科学が描き出す未来像を、蛙に託して見事に謳い上げているように感じます。

 新年の年賀状で、受講生の一人が、海抜4000m、ボリビア高地の小さな土塊の家に泊まった写真家石川直樹さんの絵ハガキを送ってくれました。そこには次のような一文がありました。

宇宙の下で哲学す

平均海抜4000メートル。写真家は、スペイン語で「高く、平らな土地」を意味するアルティプラーノに立った。こんにちは! ……彼の挨拶に、荒野は無言で応える。ふと空を見上げると、青がどこまでも深い。天はすぐそこなのかもしれない。陽が落ち、あたりが暗くなってきたので、一晩だけ借りた家に転がり込む。たった一間の簡素な住宅。中にはちいさな暖炉があるだけ。土塊でできた、ボリビアのヴァナキュラー建築だ。どこからかおばちゃんがやってきて、豆のごはんを置いていった。なんとか空腹を満たす。野生のアルパカ、元気に生きてたなぁ。目は冷めてたけど。ま、愛想ふりまく必要なんてないしな、やつらは。しかし、なんでこんなところまで来ちゃったんだろう、俺……。宇宙の真下は、写真家が哲学するのにうってつけの場所らしい。 

 大空の下にポツンポツンとキノコが生えているようなボリビア高地のこの家は、芝土を乾燥させた「ソッド」と呼ばれる素材で出来ているそうです。草野心平の詩に登場する蛙が、砂漠のようなボリビア高地に点在するキノコ住宅に宿った石川さんと重なってきました。
 石川さんのHPを見ると草野心平の世界と通じていることを感じます。

http://www.straightree.com/   石川直樹HP

ボリビアの芝土の家についての記事もあげておきます。

http://www.daiwahouse.co.jp/eco/column/world/07.html  芝土の家

 草野心平を通して蒔かれた「哲学の種」がきっかけで、宇宙の真下で哲学する写真家のことを知りました。人と人とがつないでいく「哲学の空間」。

 これぞ、「てつがく」の楽しみ。最高です。
 
 その読者から、「天」をキーワードに返歌の形で「てつがく」が返ってきました。

読者

「天つちを袋に縫ひてさいはひを
          入れてもたれば思ふことなし」(「蜻蛉日記」より年始の寿歌)

 天といへば、草野心平は「天」とか「宇宙」「空」「星雲」とかの言葉が好きで詩に頻繁に遣つています。詩集『絶景』に「猛烈な天」という詩があります。ご参考まで。

猛烈な天

 血染めの天の。
 はげしい放射にやられながら。
 飛び上がるやうに自分はここまで歩いてきました。
 帰るまへにもう一度この猛烈な天を見ておきます。

 仮令無頼であるにしても眼玉につながる三千年。 
 その突端にこそ自分はたちます。
 半分なきながら立ってゐます。
 
 ぎらつき注ぐ。 
 血染めの天。
 三千年の突端の。
 なんたるはげしいしづけさでせう。

 「愚のうへに また愚をかさね 年が明け」

 素晴らしい”返歌”ではないですか。まるで、ソクラテスに遭った気分になりました。