1、「薬草スープパン粥」のお味

         モーツァルト家の定番ー

 モーツァルトが生きた18世紀は、カントに象徴される啓蒙の時代が始まり、「理性」への信頼が宗教的な信念をしのいでいく時代でした。人は生まれながらに平等である、とのフランス革命の精神が、ヨーロッパ中で育まれていった時代であった、といってもいいでしょう。
 絶対君主制はほころび始め、貴族社会はゆらぎ、市民社会が醸成されつつありました。そのような時代に生まれ育ったモーツァルトは、料理人と変わらない身分に強い反発を覚えながら、貴族や君主をパトロンとしなければ、生活がたちゆかない矛盾をかかえていました。
 庶民の食生活はまだまだ発展途上にありました。肉はまだぜいたく品で、食器の数は限られていました。それに比べると、君主や貴族の食卓は、いまの私たちの目で見ても、驚くほど贅沢で多彩さに満ちていました。
 その豊かな才能の故に、小さいころから貴族や君主に招かれて食事をする機会に恵まれていたモーツァルトも、日常生活では庶民と変わらない食生活だったことは、言うにまたないことでしょう。
 この第Ⅰ期講座は、モーツァルト家の日記を参考にしながら、モーツァルト家の食事がどのようなものであったのかを、できるだけ再現していこうと思います。第1回は、モーツァルト家定番の「薬草スープパン粥」を、現代風にアレンジしたレシピを、料理研究家の古和谷直美さんに作ってもらいました。みなさん、どうぞご自分で、試してみて下さい。

古和谷直美さん(焼き菓子工房n*cafe+お菓子と薬膳の教室つぼみ 主宰)
のHPも見てくださいね。 http://ncafe70.com/

<作ってみませんか>
♪♪♪薬草スープパン粥♪♪♪

モーツァルトの父親が息子のために作っていたパン粥。薬膳料理本「ザクロ」
(リヒテンシュタイン侯爵夫人マリア・ロザリア著~1740)に掲載されていたスープです。
薬草と卵、サワークリーム、卵、食パン、ブイヨンなどを材料としていました.

薬草スープ粥

薬効は
オランダセリ=パセリ(食欲不振、胃もたれ、発疹)
ヒナギク=菊花(頭痛、寒気、咽痛、精神安定)
ほうれん草(貧血・目の疲れ・便秘・酒毒)、
ウイキョウ(胃痛、食欲不振、腹の張り、風邪、冷え)

モーツァルトが現代の日本、春にやってきたら、こんなスープを作りたいと思います。
春野菜を使い、塩麹と白味噌で味に深みを出します            
  
                (n*cafe/recipe 古和谷直美)
<春野菜のパン粥2人分>

材料
玉ねぎ 1/4個
にんにく ひとかけ
オリーブオイル 小さじ1
自然塩 ひとつまみ

水 100cc
白ワイン 大さじ2
ローリエ 1枚

アサリ(剥き身) 30g

塩麹 大さじ1
白味噌 小さじ1

豆乳 100cc
牛乳 100cc

キャベツ 30g
ブロッコリー 30g
アスパラガス 2本
パセリ 適宜

フランスパン 適宜

1:玉ねぎは薄くスライスする。フライパンにスライスし
たにんにくをいれ 弱火で香りがでるまでオリーブオイ
ルで炒める。 玉ねぎも加えて、塩をふりしんなりする
まで炒める。

2:1に水、白ワイン、軽くもんだローリエを加えて火を
かける。あさりも加える。塩麹と白味噌も加え溶き
ほぐす。

3:豆乳と牛乳を2に加え沸騰直前で火を止める

4:キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスは柔らかくなる
 まで茹でる

5:器に一口大に切ったフランスパンを並べて、3の
スープをかける。
 4の野菜をきれいに盛り付け、パセリをふる

ポイント
・3で沸騰させると膜が出来てしまうので注意する
また、豆乳、牛乳は沸騰させると風味が飛んでしまう
・パンは一度トーストしてから加えるとかりっとして
美味しい
・パンはフランスパンでなくても作れるがフランスパン
などの固めで甘くないパンが適している

参考
<18世紀の時代状況>
 啓蒙の時代の始まり
 人口の増加、農産物=食料価格の上昇、実質賃金の低下
<都市の人口>
ウイーン 23万人、(1789年)
ザルツブルク ~1万6000人(1771年)
ベルリン ~17万人、ロンドン ~86万人、パリ ~54万人、
ナポリ ~43万人(以上 1800年)
<人口構成(ウイーンの場合)>
 貴族階級 ~8000人(3%)
 公務員と豊かな市民階級 ~4%
 庶民   ~97%
<収入(年棒 フローリン=グルデン)>
 ウイーン総合病院院長 3,000フローリン
 外科医長        800フローリン
 音楽家初任給      200フローリン(エステルハージ候のもと)
 父・レオポルト     450フローリン(ザルツブルク宮廷副楽長)
 モーツァルト(1756-1791)      
150フローリン(1772-1777 ザルツブルク宮廷第二コンツェルトマイスター)
⇒450フローリン(1779-1781 同宮廷オルガン奏者)
⇒800フローリン(1788-ウイーン宮廷作曲家)
<ウイーン・ブルク劇場ボックス席の年間賃貸料> 
700~1,000フローリン(下級宮廷官僚の年間収入に匹敵)
<食糧費(1771年5月 ザルツブルク)> 
 パン1個(~1.8キロ)29クロイツァー、小麦1シャフ(1桶分)46フローリン