1、まずは、「To be ,or not to be, that is the question.」のお話から

 さて、本日は、「ハムレットの哲学」第一回です。前期の「哲学サロン」参加の方々には、どの翻訳でも構わないので、シェークスピアの「ハムレット」を読んで、そこから御自分で感じた「哲学の種」を拾い出していただきたい、との課題を出させてもらいました。お一人の受講生から、その場で早くも「ドゥルーズの『差異と反復』のなかに、ハムレットのことが書いてあり、時間のちょうつがいがはずれている、の記述があります」うんぬんのお話がありました。「時間のちょうつがいがはずれている」とは、いかなることを言っているのでしょうか。先陣を切ってのお話はいかなるものになりますやら、大いに楽しみです。

 本日、皆さんにお配りするのは、ハムレットの有名な台詞「To be ,or not to be, that is the question.」の全翻訳リストです(河合祥一郎訳『新訳 ハムレット』角川文庫、pp.223-228)。全部でなんと40もの凄い数にのぼっています。「生きるべきか、死ぬべきか」と訳されている河合訳は、2003年6-7月に世田谷パブリックシアターで上演された狂言師・野村萬斎芸術監督による『Hamlet』のために委嘱されて生まれた翻訳です。

 「生きるべきか、死ぬべきか」と訳すか、「あるべきか、あらぬべきか」と訳すのでは、意味の広がりと劇における役割がまったく違ってきます。「生きるべきか、死ぬべきか」は、文学的だとすれば、「あるべきか、あらぬべきか」は哲学的な香りがすると思います。さらに「ある」を「存在する」に置き換え、「存在すべきなのか、存在すべきでないのか」と言いかえれば、さらに一段と哲学っぽくなっていくことをお感じになると思います。

 「生きるべきか、死ぬべきか」を文学的だと言いましたが、ソクラテスが獄中で毒を飲むシーンにこの言葉を言わせてみましょう。途端にこれは、アテナイの政治状況とつながって、「仲間の手引きで脱獄して、世直しに貢献すべきか」それとも「生きて脱獄すれば、私自身が法を犯すことになり、正義にもとる」と、現実のなまめかしい選択を迫られている言葉になります。

 「To be ,or not to be, that is the question.」だけで、このようにいくらでも議論ができるほど、ハムレットには「哲学の種」が詰まっております。次回から皆さまが掘り出した「哲学の種」を、じっくりと吟味していくことにいたしましょう。