1、ダ・ヴィンチにおける「人間」の問題

 レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)とはいったい何者であったか、と問うとき、私たちが思い出すのが、ソクラテスがゴルギアスやプロタゴラスら稀代のソフィストたちに対して繰り返し浴びせかけた「君たちは何者であるか」の問いです。
堀辰雄の小説『風立ちぬ』の冒頭で引用されている『海辺の墓地』の一節「風立ちぬ、いざ生きめやも」の作者であり、アインシュタインの相対性理論をいち早く理解した詩人としても知られているフランスの詩人ポール・ヴァレリー(1871-1945)は、『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』のなかの「追記と余談」に、次のように答えています(同書p.86)。

 ほんのちょっぴり調べただけであっても、私はこの人の手記に目も眩む思いがした。あの何千とある覚書・写生図には、何か奇想天外なものが造られようとしている手からひっきりなしにいかにも千種万様と飛びだしてくる幻覚のような火花の一塊といった異様な感銘を受けたものである。…一言にしていえば、万有そのものの芸術家。このことを知らぬ人はあるまい」

 伝記を書いたヴァザーリなら、アリストテレスの「存在の10のカテゴリー」を使って、、次のように答えるのではないでしょうか(ヴァザーリ『芸術家列伝3』pp.8-11)。

「会話の妙で人の心を惹きつけ」(性質)、「立ち居振る舞いは優雅」(量)で、「所有欲はなく無所有」(所有)、「都市国家の王侯につき」(関係)、「15-16世紀」(時間)の「フィレンツェやミラノ」(空間)で、「精力的」(状態)に、「絵を描き、発明をし」(能動)「神のごとく賞賛された」(受動)、「万能人」(本質)。

 ダ・ヴィンチに冠せられる「万能人uomo universaleウオモ・ウニヴェルサーレ」とは、イタリア・ルネサンスで人々が最高の価値とした理想的な人間像のことです。古代ギリシアへの回帰による「人間の発見」(ブルクハルト『イタリア・ルネサンスの文化』p.364)をうたった「ルネサンス」(Renaissance フランス語Re-再び+naissance誕生=再生)は、「人間の人間にたいする極端なまでの関心」(エウジェーニオ・ガレン『ルネサンス人』p.7)をその本質としていました。

 メディチ家にプラトン・アカデミーが誕生し、プラトンの著作が翻訳されるなど知識人の間で哲学ブームが起きていましたが、一方で、ディオゲネス・ラエルティオスの『ギリシア哲学者列伝』がイタリア語に訳されて大衆に流布していきます。「風変わりな要約や翻案」「たくさんの挿絵の挿入」「古典古代に題材をあおいだ格言、教訓、慰めの対話付き」で「おおいにもてはやされた」(同『ルネサンス人』p.227)のは、大衆レベルでは哲学者の「人間性」やその「生き方」に関心が向けられたからでしょう。

 ダ・ヴィンチの手記のなかに、たった一箇所ソクラテスの名が出てきます(『手記(下)』p.41)。ソクラテスが太陽を石ころだと言って不敬罪で告発された、との話(『ソクラテスの弁明』pp.31)が、ラテン語不得手のダ・ヴィンチでも読める大衆本の形で出回っていたに違いありません。

 ところでこの時代、哲学者は魔術者と同等のある種の「奇人」とされ、ほかならぬダ・ヴィンチはその代表的な魔術者・哲学者とされていました。その話は次回のお楽しみに。