1、リア王「目がなくとも、耳で聞け」

 正義はどのようにして盗人を罵るかを見てみよ。汝の耳で聞け。立場を変えてみよ。どっちがどっちだ? どっちが正義で、どっちが盗人か? 汝は農民の犬が乞食に吠えるのを見たことがあるだろう?
           (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.235)

 受講生のお一人から年明けに「正義とは何か」に対する次のような大きな問いかけをいただきました。「“正義”とは・・・5歳の孫は弱い者の味方で悪事を働く者(物・・・怪獣)をやっつけるヒ―ロ―に夢中です。正義とはこの様にパターン化されて認識されてゆくもの?正義とは人間が先見的に持っているもの?孫と遊びながらこんな事を想ってしまいました」
 
 リア王の言葉とこの問いかけは、昨年94歳で亡くなったやなせたかしさんの「アンパンマン」をめぐる逸話を思い出させてくれます。アンパンマンは、1973年にPHP研究所から出版された『十二の真珠』に収められた12編の連作童話の一つとして初めて登場しました。おなかからアンパンをとりだして子どもにあげようとするマントを着た人間っぽい不格好な人物に描かれています。「自分を犠牲にしても人々を助けようとする精神」は現代のアンパンマンに通じるものでしたが、まったく不評で、「あれはやなせさんの本質ではない。もう二度とあんな本を書かないでください」と出版社から釘を刺されたのでした。しかし、アンパンマンは、現在のようなパンの頭をもった主人公に変身して、幼稚園・保育園向けの直販絵本として生き続けていました。1977年に市販の絵本となったアンパンマンが、幼稚園や保育園の子どもたちの間で驚くような人気となっていることを、孫をもつ写真屋の口からやなせさんは知ることになるのです。
 
 アンパンマンという正義のヒーローを最初に認めたのは、2-3歳の幼児でした。これは,この受講生の疑問に対する一つの答えではないでしょうか。「視覚」は、立ち位置(立場も含めた)によって見えるものがまったく違ってきます。大人が見ていないものを、幼児が見ているのだという現実を教えてくれたのは、リア王の言う「耳で聞く」行為でした。「百聞は一見にしかず」の逆、「百見は一聞にしかず」の意味を考えてみませんか。