1、人生いろいろー川の流れのライプニッツ

ライプニッツ

 ライプニッツ(1646-1716)は、ニュートンと同時期に微分・積分法を見出した数学にも長けた大哲学者です。世界全体を自己の内部に映し出す部分のない実体としての「モナド」の提唱者でまずは知られていますが、神が創造において設けた「予定調和」の原理によって、世界は作られ動いていると考えました。この予定調和が、『カンディード』で主人公の哲学的教師パングロスがしきりに喧伝している「最善説」にあたります。

 今日は最初ですから、まずは軽いノリで、人生について論じてみることにしましょう。落ち着くところに落ち着く、との考えは、アリストテレスの重力論を思い起こさせます。彼は、物が落ちる現象を、そのように自然ができている、と考え、この惹き付ける力を人々の住む環境に当てはめて、性格はその地域の人々のライフスタイルによって決まってくる、と考えました。環境を一つの鋳型と考えれば、その鋳型によって醸成されるのが性格だ、というものです。ライプニッツの「予定調和」は、この鋳型を神に広げた、と言えないことはありません。

 川の流れに身を任せて流されていくのが人生である、と唄った美空ひばりの「川の流れのように」は、川がわたしたちの人生の鋳型である、との考えが底に潜んでいます。

 これに対して、『カンディード』の主人公の人生は、玉突きで突かれてあちこちのボールにあたって転げまわる球に似ています。どこに転がっていくかは、盤上にランダムに置かれたほかの球の状況によります。最初の一突きを、球を選んだ人の意思によるものだとしても、その後の人生はまったく予測がつきません。首尾よくポケットに入るか、盤上でさ迷うかは、ある意味で運次第となります。人生の場合は、無数のポケットがありますから、どこに入るかはそれこそ、ペギー葉山の「ケ・セラ・セラ」というわけです。

 では、水前寺清子の「一日一歩、三日で三歩、三歩進んで、二歩さがる」の「三百六十五歩のマーチ」はどうでしょうか。皆さんご存知の人生を唄った歌で印象深いものがあれば、是非ともご教示ください。そういえば、島倉千代子の「人生いろいろ」もありましたね。

 わたしの人生論は「人生は橋かけ自由のアミダくじ」というものです。さて、皆さんの人生論をまずは紹介し合うことにいたしましょう。