1、健全な魂が健全な身体を作る

 教育に怖いシーンや不敬虔な描写を厳禁したプラトンは、いよいよ論議が絶えない「芸術物真似論」の展開に入っていきます。「ミメーシス」は、模倣、模写、写像の意味をもち、原型にあたる何かを真似ること、あるいは原型の写し絵、を指します。

ディオニュソス劇場

 国の守護者になるような人は、「勇気」「節度」「敬虔」「自由な精神」などを子供のときから真似すべきであって、賤しい性格の物事や、女や奴隷、劣悪な男たち、臆病な男たち、さらには鍛冶屋や三段橈船を漕いでいるところ、馬のいななきや牛の吠えるところ、河の音、波の音、雷鳴も真似してはいけない、と付け加えます。そして、彼らがホメロスを読み上げるとすれば、必然的に真似の部分が少なくなり、話し手がつまらない人間であればあるほど、真似するところが多くなるだろう、と続けます。        (写真 アテナイのディオニュソス劇場)

 語り方は、魂の「良き品性」(エウエーテイアεὐήθεια:エウεὐ良い、エートスἦθος品性)に従うものでなければならない、と結論づけられます(第三巻 239頁)。これは詩人だけでなく、建築なども含めたあらゆる音楽・文芸(μουσικήムーシケー)にあてはまり、恋やさらに体育のあり方にも適応されます。結果として、「健全な魂は健全な身体に宿る」の反対をソクラテスは主張することになります。「すぐれた魂がみずからのその卓越性ἀρετήアレテ―によって、身体をできるかぎりすぐれたものにするのだ」(第三巻 247頁)。

 ソクラテスの話は音楽における調性や韻律・リズムにも及びます。悲しみや嘆きを感じさせるような調性や柔弱・怠惰な調性は排除され、リズムも複雑なものは駄目で秩序ある生活や勇気ある人の生活を表すものでなければならない、とされます。プラトンは、『ラケス』において、ドリス(ドリア)調を「ギリシアの調」と讃えています(188D)。

 『国家』におけるプラトンのミメーシス論議は、やがて、芸術は神のイデアを模倣しているに過ぎないことを強調し、ホメロスら詩人たちの創造性を否定していくことになります。この問題は、オリジナルとは何か、という現代の芸術論議にまでつながっていくことになります。さて、プラトンはこの問題をいかなる形で展開していくのでしょうか。