1、初めての賛辞「ザルツブルクより来た驚嘆すべき童子!」

そしてゲーテの感嘆

 Ⅱ期は、モーツァルトの不思議な死を追って、その謎を探究することに努めました。27年度最終のⅢ期は、少年時代から人々に浴びせられた多様な賛辞から、天才モーツァルトの実相に迫ってみたいと思います。

モダン?なモーツァルト

 1762年11月10日、一家全員を引き連れてウイーン旅行中のレオポルト・モーツァルトは、ザルツブルクの家主ハーゲナウアーに、次のような手紙を書いています。

「いささかの自愛を私がもち合わせていなかったなら、今日はあなたを私の手紙でお悩ませすることもなかったでしょう。同封の詩がその原因なのです」

 「同封の詩」とは、マリア・テレジアの腹心として知られるフォン・パチェコ侯爵夫人邸で催された演奏会(11月9日)への出席者である宮廷顧問官のプーフェンドルフが、書き下ろして一家に贈ったもので、短いがモーツァルトへの最初の賛辞として記録されることになったものです。

驚嘆すべき童子よ! その見事な技能を人はたたえ、
そして汝こよなく小さきものを、こよなく偉大な弾き手と呼ぶ。
音芸術は汝にはもはやそれ以上の多くの労苦を与えず、
汝はやがてこよなき巨匠となることを得る。
ひたすらに我は願う、汝が肉体が魂の力に耐え、
リューベックの幼児のごとく、あまりに幼くして奥津城へ赴くことなからんことを。

 1762年の秋から翌1763年の1月初めにかけて行われたこの始めてのウイーン旅行では、ウイーン宮廷での御前演奏で、モーツァルトが女帝マリア・テレジアの膝に飛び乗って首に抱きつき、キスをした、とレオポルトが報告しています。姉ナンネルと一緒に宮廷衣服を下賜されただけでなく、演奏の謝礼として100ドゥカーテン(約450フローリン)もの大金を賜っています。これは当時のレオポルトの年収相当でした。

画像の説明
 ウイーンの宮廷から下賜された衣服を身に着けた6歳のモーツァルト

 ウイーン旅行からわずか半年後の1763年6月9日から、一家は3年六ヶ月に及ぶいわゆる西方への大旅行に出ます。父の故郷のアウグスブルクに立ち寄り、パリからロンドンにまで足を運んだ大旅行は、その土地々々で大きな反響を引き起こしましたが、途中のフランクフルトでの演奏会(8月18日)で14歳のゲーテが、モーツァルトと出会っているのです。もちろん、モーツァルトの知らぬところですが、ゲーテはエッカーマンとの対話の中で、その印象を次のように語っています。

《私は7歳の子供の彼を見たことがあるよ》とゲーテは言った。《そのとき、彼は旅行の途中で演奏をしたのだ。私自身は14歳のころだったが、髪をきちんと整えて、剣をつけた小さな男の子を、今でもまだはっきりと思い出すよ》

 この「剣を下げた少年モーツァルト」の姿は、まさに似顔絵にある宮廷から下賜された衣装をつけたモーツァルトだったに違いありません。

 「疾走するかなしみ」の名言を残した『モオツァルト』の冒頭で、小林秀雄は「モーツァルトの音楽は、人間をからかうために、悪魔が発明した音楽だ」と語ったというエッカーマンとの対話を引用していますが、ゲーテはその一方で、モーツァルトのことを「神がわれわれを驚かせるような解きがたい奇蹟」とも言っています。さあて、このとき14歳のゲーテが7歳のモーツァルトに”観た“ものは、悪魔だったのでしょうか、それとも神だったのでしょうか。

 5歳のときに作曲したピアノソナタk1アレグロの旋律が、『魔笛』パパゲーノのアリア「女の子か女房が欲しいよう」のなかに現れることは有名な話ですが、ゲーテが演奏を聴いたころのモーツァルトは、旅の途上でK6~9のヴァイオリン・ソナタを作曲しています。おそらく、ナンネルのヴァイオリンに合わせてフリューゲルを弾く少年モーツァルトの姿が目に浮かぶようですね。

では、まずはK6を聴いてください。
 ヴァイオリン・ソナタ K6 ハ長調
https://www.youtube.com/watch?v=So9naVxt_cc

時間があれば、K7~9も聴いてみてください。  
ヴァイオリン・ソナタ k7 ニ長調
https://www.youtube.com/watch?v=rwxXWGTXPzs
ヴァイオリン・ソナタ k8 変ロ長調
https://www.youtube.com/watch?v=bNGSFhFNfY4
ヴァイオリン・ソナタ k9 ト長調
https://www.youtube.com/watch?v=gYP1La7x86A

 モーツァルト、バッハやハイドンなどどんな大家の様式も取り入れて大きくなってきましたが、アインシュタインの言うように「モーツァルトは自分の本質にふさわしいものだけを受け入れて、自分の様式に融合させるだけで、それ以外のものはいっさい受け付けない。一度聴いたものに対する記憶力はぶきみなほど良いとはいえ、自分自身に対する誠実さはもっと強い」(『モーツァルトーその人間と作品』白水社、p.304)のです。

 いかがでしょうか。この少年モーツァルトの音の中に、その後の大家モーツァルトの無数の響きが聞き取れるのではないでしょうか。それこそが「彼自身の本質」なのです。

 フランクフルトで行われた演奏会は、「一般の人々の感激および多くの偉大な識者および愛好家の熱望によって」(『フランクフルト照会広告週報』8月30日付け)4回も開催されることになり、モーツァルトは、あの有名な布切れの上から、まるで鍵盤が見えているかのような曲芸演奏も披露しているのです。

 ただし、K6~9はヴ「ピアノ優越の原理」が働いていて、ヴァイオリンがむしろピアノの伴奏の役割にとどまっています。ピアノとヴァイオリンが本格的に協奏するソナタは、モーツァルトが22歳のときのk.301ト長調(マンハイムで作曲)まで待つことになります。アメリカのヴァイオリニスト、ヒラリー・ハーンの演奏でどうぞ。

ヴァイオリン・ソナタ ト長調 k301
https://www.youtube.com/watch?v=x7xPIyePmNk