1、宇野功芳「蘇ったSP盤理想のモーツァルト」

 誰がどのように「聴いて」いようと、「私のモーツァルトは、私だけのモーツァルト」と言いたいところですね。皆さんの頭の中、いや、心の中には、誰の演奏、誰の指揮、でもなく、まるで自分が演奏し、自分が指揮しているかのごとき「モーツァルト」が必ずあるのではないでしょうか。

 とはいえ、私たち愛好家の多くは、シンフォニーの総譜が読めるわけでもありませんし、ピアノをホロビッツのように弾けるわけでもありません。そこで登場するのが、演奏家と聴き手を仲介してくれる音楽評論というわけです。

 昨年6月に86歳で亡くなった宇野功芳は、指揮者でもありますが、よく言えば「歯に衣着せない」、悪く言えば「アクが強い」で名の通っていた音楽評論家でした。なんでも、『クラシック悪魔の辞典』(1999年、鈴木淳史著、羊泉社)には「ウノ語」なる項目があり、それは「神が、宇野功芳だけに使用をお許しになったといわれる、独創性に彩られた最高級の紋切言葉」と解説されているほどなのです。父親はあの漫談家の牧野周一であることと照らし合わせると、むしろ彼の音楽評は、“音楽漫談“として耳を傾けたほうがいい気はしますが。

 かつて「大根」「イモ」と呼んだピアニスト内田光子を、あるときから「最高の芸術家」とほめるようになる(『宇野功芳の「クラシックの聴き方」』、音楽の友社、p.29)”正直な“音楽評は、それなりに耳を傾ける価値があるかもしれません。ここでは、まず、宇野が「これを理想のモーツァルトと言わなければ、もうそんなものは存在しない」と書いた(同、p.134)1936年12月録音の『アイネ・クライネ・ナハトミュージック』(ウイーンフィル)を聴いてもらいましょう。

https://www.youtube.com/watch?v=g2UZod7TdS0

 高校時代からワルターの大ファンで、22歳のときにファン・レターを書いたら返事が来たほどの関係でしたから、相性がよほど良かったのかも知れませんが、彼の推奨するモーツァルトの演奏には、必ず第一にワルターが出てきます。

 次は、交響曲41番ジュピター。彼が「すばらしい」とあげている演奏は、カザルスとマールボロ音楽祭管弦楽団(米国ヴァーモント州マールボロ)、ワルターとニューヨーク・フィルの二つで、これらに比べるとカラヤンの41番は「表面的、一面的」とこきおろしています。カザルス、ワルター、カラヤン(ベルリンフィル)の順に聴いてもらいましょう。あなたは、どれが好きですか。

カザルス 41番 https://www.youtube.com/watch?v=lgQJCZ5cki8&t=319s
ワルター 41番 https://www.youtube.com/watch?v=sYrPP1TNe-Q
カラヤン 41番 https://www.youtube.com/watch?v=2YO7BGQ2h6A&t=126s