1、新型コロナウイルスがもたらす「無」の開示

 この数か月間、早朝の40分ほどのランニングと、夕方の小一時間のツーリングで、せめてもの身体運動をしているうちに、周囲の空間のほとんどが、これまで自分にとって「無の存在」であることに気づきました。路地から路地へと走ったり、自転車を乗り回しているうちに、万華鏡を覗き込んでいるかのように、未知の風景がキラキラと輝いて現れるのです。とくに東京に驚くほど緑が多く、かつて農家だったと思われる敷地が小さな森となってそこかしこに存在することに驚嘆しました。

記憶が蘇る、都内の森

 ある日、薄暗い竹林のトンネルを潜り抜けたとき、その持ち主が、かつて長男の通った中学校の社会科先生宅であることを知りました。参観授業でその先生は、豚肉好きの楊貴妃が食べていた豚は、雪隠で落とす自分のうんちを食べさせていた、といった話を面白おかしく話していたことを思い出し、マドレーヌの香りが過去を蘇らせた『失われた時を求めて』の主人公のような気持ちになったのです。

 自分の時空間が「気づか無い」「知ら無い」の「無」によって溢れかえっており、自分の記憶知識がとんでもなく不完全で、「無の穴」に満ちていることも思い知らされる日々でもありました。私自身が編集担当者の一人であるネットメディア「私達の教育改革通信」262号(6月号)に、鹿児島の女流歌人、海江田京子さんの次のような和歌を掲載しました。

 日の暮の有線放送「埴生の宿」水鳥一緒に帰ろうと聞こゆ

 ご本人から、「水鳥」は「水島」の間違いです、との指摘です。唱歌「埴生の宿」の一節に「のどかなりや 春の空 花はあるじ 鳥は友」とあり、この鳥とかけていると単純に考えていた私は、ご指摘の意味がわかりません、と返事を差し上げました。「これはビルマの竪琴とかけたのです。私たちの年代でないとわからないかもしれませんね」とのお答えです。恥ずかしながら、「埴生の宿」がもともとイングランド民謡であり、名作「ビルマの竪琴」が物語のキーになっていることを知りませんでした。

 音楽学校出身であるビルマ駐留小隊の隊長は、合唱によって隊員の士気を高めようとし、敵国の民謡「埴生の宿」は大事なレパートリーでした。ビルマ伝統の竪琴を弾きこなし、楽才に溢れた主人公の水島上等兵は、隊員の間の人気者でした。やがて終戦を迎え、小隊は英軍の捕虜となりますが、降伏を拒否する友軍を説得する役割を帯びて出立していた水島は行方不明となり、僧侶となって地元に根付きます。

 帰国が近づいた日、地元の僧侶が水島上等兵であることに気づいた仲間たちは、収容所の外に現れた水島に「埴生の宿」を合唱しながら一緒に日本に帰ろうと働きかけるのです。恥ずかしながら、「ビルマの竪琴」は読んだこともなければ、市川崑監督による映画も観たことがなく

 日の暮の有線放送「埴生の宿」水島一緒に帰ろうと聞こゆ

 の描き出す奥深い情景に思いいたることが出来ませんでした。

 人は広大な「無の海」の中に浮遊しており、その無が実は多様な有の重なり合いであることを、新型コロナウイルス感染拡大による自粛の日々が教えてくれた気がします。コロナ騒ぎが、人類にいかなる「無の開け」をもたらすか、見守って行きたいと思っております。