1、正しい生き方は、遊びにある

 第七巻第1~10章までを読みましょう。

 「人は3歳までに人格が形成されること」(3章)「両手利きの勧め」(5章)「変化しないことの美徳」(7章)「魂のあり方によって人生のあり方が決まる」(10章)「人間は神の操り人形である」(同)

 など、いくつもの興味深いメッセージが含まれていますが、ここでは10章をズームアップしましょう。船の型を決める竜骨に魂をたとえて、魂のあり方がそれぞれの人の人生の型が決まる、との考え方(803A-B)は、『国家』における「エルの物語」の発展型だと言ってよいかもしれません。エルの物語は、死んで生まれ変わったエルが、冥界において死者が次の人生を自分で選ぶ話ですが、僭主のような指導者から大工のような職人まで、さまざまな選択からどれを選ぶかは、まさにその人の魂の型によって決まってくる、ことを連想させます。

 魂の型は、3章にあるように、「三つ子の魂百まで」と同じで3歳までに決定されると考えるので、三年間の教育が、人生の型までも決めてしまうことになります。

 注目したいのは、「パイデイアπαιδεία」(803D)の登場です。パイデイアは「パイディアπαιδία」(子どもの遊び、転じて遊び一般)から来た言葉で、「養育」「教育」「教養」「しつけ」といった意味を持っています。プラトンは、「遊び」につながるこの語本来の意味を大事にし、「正しい生き方とは、一種の遊びを楽しみながら、生涯を過ごすことにある」(803E)とするのです。そうすることによって、私たちは神の加護を受け、戦争にも勝利することができる、と結論づけます(同)。

 部分知に過ぎない専門知エピステーメἐπιστήμηに対して、アリストテレスが「全体を見通す知」と位置づけた一論を展開しているパイデイアについては、いずれ触れることにしましょう。ここでは、プラトンが「人間は何か神の玩具として工夫されたもの」(803C)「人間というものは、多くは(神々)の操り人形である」(804B)と述べ、対話者の一人メギロスに「わたしたち人間の種族を、あなた、ずいぶん貶められるのですね」(804B)と、咎められていることを付記しておくことにしましょう。
 
 実は、上巻1章に「遊びを通じた教育が正しい教育である」(643C-D)とすでに触れられており、「神の操り人形」論もその直後(644Dに登場しています。この第1章で「教育」と訳されているギリシア語が、じつはパイデイアなのです。