1、父・レオポルトの教育術「自分自身を知れ、他人を学べ」

 モーツァルト関連年表(~1781年まで)

 モーツァルトが生きた18世紀は、理性の時代、啓蒙の時代、と呼ばれます。カントが出て、あの有名な『純粋理性批判』を書きました(1781年)。これは、理性への盲目的な信頼に対しての警鐘と読めますが、王権や絶対君主の力が相対的に低下し、1789年のフランス革命に象徴される市民階級の台頭は、何が正しいかを決めるのは権力ではなく「ものの道理」であると誰もが主張できる時代が来たことを示しています。

 モーツァルトの父・レオポルトは、為政者である貴族階級からすれば、「楽士風情」に過ぎませんでした。幼くして天才ぶりを発揮したモーツァルトの力を借りて、ウイーンのオーストリア皇帝の宮殿にも出入りし、皇太后マリア・テレジアの前で御前演奏するまでの厚遇を得ました。しかし、若者になっていくモーツァルトに対しては、ウイーンもミュンヘンも各地の宮廷は、以前ほどの関心を示さなくなりました。

 ザルツブルクのコロレド大司教とのいささかこじれた関係のために、レオポルトは以前のように息子を従えての旅が出来なくなりました。やむをえず、妻・マリア・アンナを付き添いにして、モーツァルトをミュンヘンからマンハイムを経てパリへ向かう求職の旅へと送り出します。

 旅先で思うように動いてくれない息子に対して、レオポルトは苛立ちを隠しません。マンハイムにいるモーツァルトに対して書いている以下のレオポルトの手紙は、「理性の声」に信を置く彼の教育観をよく表しています。ソクラテスの「汝自身を知れ」を思い出しませんか?

「息子よ!おまえはやることなすことすべて、すぐカッカとし、またせっかちです! おまえは幼いころや少年時代とは、今や性格がまったく変わってしまいました。幼児の時も少年になってからも、おまえは子供っぽいというよりもずっと生真面目だったし、クラヴィーアの前に座ったり、そうでなくてもなにか弾く必要があるときには、誰もほんのちょっとした冗談もおまえに言うのはとてもできなかったのです。…でも今おまえは、私が思うに、あまりにも性急に最初の挑発に乗ってしまって、おどけた調子で誰にでも返事をしてしまうようだ。…おまえをべたほめし、高く買い、天にまで持ちあげて賞讃する人間には、もう欠点もみとめす、すっかり打ち解けて好きになってしまうというのが、まさにおまえのお人好しの心なのです。ところが小さいころのおまえは、人があまりほめすぎると泣き出してしまうほどの極端な謙虚さを持っていたのだ。いちばん重要なわざは、自分自身を知ることを学ぶこと、そしてその上で、愛する息子よ、私がしているようにし、個人をしっかり知ることを学ぶよう研究してみることです」
      (ザルツブルクの父からからマンハイムの息子へ。1778年2月16日)

「息子よ、神はおまえにすぐれた理性を与え給うたのだ。その理性をおまえが正しく用いるのをしばしば妨げているのには、私が見るところ、原因はたった二つだけある。だって、それをどう用いるべきかーまたどうやって人間を知ることができるのかは、おまえは私を通じて十分に学んだものだった。私がなんでもほんとによく言い当てたり、予測したりしたものだから、おまえはよく冗談に言ったものだった。『パパは神さまのすぐ次だね』。こうした二つの原因はいったい何なのか、どう思うかね?-やってごらん、おまえ自身を知ることを学びなさい。愛するヴォルフガングよ。-おまえはそれを見出せよう。おまえはちょっとばかり自惚れが強すぎるし、利己心がありすぎる。それにおまえはすぐにあまりにも打ち解けてしまいすぎるし、誰にでも心を開いてしまう。要するにだ!おまえは自由で自然でありたがっているので、あまりにも率直になりすぎてしまうのだ」
        (ザルツブルクの父からからマンハイムの息子へ。1778年2月23日)

★関連の手紙 
 モーツァルト(ヴァッサーブルクからザルツブルクの父へ。1777年9月23日)
「ぼくらはまるで王侯貴族のように暮らしています。ただ足りないのはパパだけです」

★鑑賞曲
ピアノ協奏曲17番ト長調k.453 (1784年 ウィーン)
交響曲25番ト短調k.183(1773年 ザルツブルク)

バーンスタインは、モーツァルトのピアノ協奏曲17番ト長調k.453の終楽章を
「光と光明と啓蒙の時代の18世紀だけがはなちえたきらめきを、この楽章ぜんたいはいっぱいにあびています。あかぬけのした、こだわりのない、優雅で、こころよいーこれこそ理性の時代が生んだ完璧な作品です」
と表現しています。
ピアノ協奏曲17番ト長調k.453第三楽章 バーンスタイン指揮・演奏
http://www.youtube.com/watch?v=IvhxfXeGees
父・レオポルトが、もっと理性的になれ、と諌めた「お人よし」モーツァルトのこの曲に耳を傾けて下さい。バーンスタインの言うように、モーツァルトはこの曲の中に、無意識のうちに時代の理性の精神を埋め込んでいるのでしょうか。父・レオポルトがバーンスタインの言葉を聞いたなら、どのような反応を示すでしょうか。想像するだけで、楽しくなりますね。

 一方で、交響曲25番ト短調k.183は、理性の時代に対しての文学的な抵抗運動シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)が音楽の世界にも流れ込み、モーツァルトもある種の情念を埋め込むために短調を採用して曲作りをしたのだ、と音楽学者ロビンズ・ランドンが指摘しているものです。理性に対しての反逆、あるいは情動の素直な表出、とでも言えば良いでしょうか。若干17歳のモーツァルトが作り上げたこの曲に、いかなる情念が埋め込まれているのでしょうか。
 バーンスタイン指揮・ウイーンフィル演奏でお聞きください。
http://www.youtube.com/watch?v=KFsvK-A_HV8