1、NAGISA馬頭琴コンサート

 モーツァルトの食卓Ⅲは、馬頭琴奏者NAGISAさんのコンサートで幕開けです。
    (於 松戸市 聖徳大学10号館14階ホール 2015.1.16 10:45-11:45)
 わずか二本の弦しかない馬頭琴は、モンゴルの伝統楽器であり、NAGISAさんは日本人として最初の馬頭琴奏者です。今回は、ご無理を聞いていただき、モーツァルトの曲を交えた次のようなプログラムを用意しての登場です。

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1. モーツァルトの子守唄
2. 交響曲40番 第一楽章
3. アイネ・クライネ・ナハトムジーク 第二楽章
4. スーホの白い馬
5. ガブリエルのオーボエ
6. 荒城の月に寄せて

 曲目解説は下に掲げましたので、ご覧ください。
 NAGISAさんは、現在モンゴルの首都ウランバートルに住み、日本との間を往復しながら、演奏活動を続けています。プロフィールも下に掲げてありますので、ご参照ください。
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 NAGISAさんの身につけている衣装は、モンゴルの民族衣装を演奏会用にアレンジしたもの、冠は王妃がかぶるのと同じデザインだそうです。

 NAGISAさんに、演奏をお願いしたのは、その演奏を初めて聴いたとき、ヴェネチアで聴いたヴァイオリンの響きのように、原初的な荒々しさを感じたからです。日本で聴くクラシック音楽は、なんとなく綺麗にまとまりすぎてはいないでしょうか。モーツァルトの時代の楽器は、もっと原初の荒っぽい響きを秘めていた、と聞いたことがあります。ヴェネチアでの体験は、そのことを実感させてくれたのですが、NAGISAさんの馬頭琴からも同質の響きを感じたのです。

 目の前で聴く馬頭琴は、荒々しさのなかに物悲しさを秘めた、まことに不思議な響きをもっていました。これは何だろう。小林秀雄は名著『モオツァルト』のなかで、交響曲40番を聴いて「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」の名言を残しました。馬頭琴のかなしさと荒々しさは、なぜかこの言葉を思い出させてくれたのです。小林は交響曲40番の「かなしさ」は、万葉の歌人が空の青さや海の匂い感じたものに通じる、とも言っています。モンゴルと日本とモーツァルトが、「かなしさ」でつながることは、何とも不思議な感覚でした。草原を疾走する荒々しい馬に、モンゴルの人たちは、どのような「かなしさ」を見ていたのでしょうか。

 NAGISAさんによると、馬頭琴の2本の弦は、外側の低音弦が百本、内側の高音弦が八十本のそれぞれ細い弦からなっており、この弦の構造が雑音を生じて、西洋の楽器にはない独特の響きを生み出すのだそうです。演奏を聴いたお一人が「聞こえざる音が作り出す音に圧倒されました」と語ってくれましたが、「聞こえざる音」の正体こそ、この「雑音」だったのではないか、と思います。

 付け加えれば、体調不良の母ラクダがこの音色を聴くと乳が出るようになるそうです。モーツァルトの音楽をかけていると、野菜や果物の生育が良くなったり、牛の乳の出が良くなる話と似ていますね。

★NAGISAさんのオフィシャルブログ  http://nagisamorinkhuur.blogspot.jp/

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<曲目解説>(by NAGISA)

 『モーツァルトの子守歌』(フリースの子守歌)
オーストリアの作曲家ベルンハルト・フリース作曲の子守歌。
作詞はフリードリッヒ・ヴィルヘルム・ゴッター(Friedrich Wilhelm Gotter)。
日本では、堀内敬三の訳詩により、「眠れよい子よ 庭や牧場に」の歌い出しで知られる日本語の歌詞がつけられている。

 長い間モーツァルト作曲とされケッヘル作品番号K.350 がつけられていたが、近年、ドイツの研究家がハンブルクの図書館で発見した18世紀後半頃の歌集に「フリース作曲」の記述を発見し、「フリースの子守歌」と改められるようになった。ケッヘル番号の訂正が行われたのは、1964年の第6版以降のことである。

 モーツァルト作曲とされた理由については、彼の妻が持っていたフリースの楽譜を見てケッヘルが整理番号をつけてしまったから、または、妻の再婚相手が出版した伝記に「モーツァルト作曲」の記述が見られたから等、様々な憶測が飛び交っているが、明確な理由は分かっていないようだ。
しかし、長年の慣習から、この曲は今でも「モーツァルトの子守歌」と呼ばれることが多い。

『交響曲第40番』ト短調 K.550は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した交響曲である。
 モーツァルトの全楽曲の中、最も有名なものの1つである。モーツァルトの交響曲のうち短調のものはこの作品を含めてわずか2曲しかなく、その両方がト短調であるため、こちらを「大ト短調」、もう一方の交響曲第25番を「小ト短調」と呼ぶことがある。
1788年7月25日にウィーンで完成された。同年に作曲された交響曲第39番(6月26日)、交響曲第41番(8月10日)とともに「3大交響曲」と呼ばれる。3曲とも作曲の目的や初演の正確な日時は不明であるが、モーツァルトは、この交響曲第40番を除き、これらの曲の演奏を聴かずに世を去ったと推測されている。

第1楽章
モルト・アレグロ、ト短調 2分の2拍子 ソナタ形式。
第1主題の最初の2音の短二度下降型(移動ドでファミミーファミミーの音型)は「ため息のモチーフ」とも呼ばれ、全曲で姿を現し翳りを与えている。

『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』(Eine kleine Nachtmusik)ト長調 K.525は、モーツァルトが作曲したセレナードのひとつである。
第2楽章:ロマンツェ(アンダンテ) 三部形式 ハ長調 2/2拍子
 本作はモーツァルトの楽曲の中でも非常に有名な曲の一つである。1787年8月10日にウィーンで作曲が完了された。この期日はオペラ・ブッファ『ドン・ジョヴァンニ』の作曲中の時期にあたる。ただし何らかの機会のために作曲されたと考えられるが、初演に関する史料は残されていない。父の死(1787年5月28日死去)の2ヶ月あまり後に作曲。
アルフレート・アインシュタインは、モーツァルトは同年の『音楽の冗談』(1787年6月14日に作曲完了)によって失われた音楽の秩序を回復するために作曲したと推測している。
 なお旧全集の楽譜に通し番号の13番が充てられたため「セレナード第13番」と表記されることもある
 ドイツ語でEineは女性形の不定冠詞、kleineは「小さな」の意の形容詞kleinの女性形、Nachtmusikは、Nacht(夜)+Musik(音楽)の合成名詞で、「小さな夜の曲」という意味である。かつて日本語では「小夜曲」と訳されていたが、この邦訳はほとんど使われなくなっている。この題名はモーツァルト自身が自作の目録に書き付けたものである。

『スーホの白い馬』
 モンゴルの民話。モンゴルの伝統楽器「モリンホール(馬頭琴)」の由来にまつわる物語。「スーホーの白い馬」とも呼ばれる。
日本では、大塚勇三が1967年に中国語のテキストから採話し、赤羽末吉の絵とともに福音館書店から絵本として出版。その後、ほぼ同時期に光村図書出版の小学校2年生の国語教科書に採録された。
あらすじ
 ある日、遊牧民の少年スーホは帰り道で倒れてもがいていた白い子馬を拾い、その子馬を大切に育てる。それから数年後、領主が自分の娘の結婚相手を探すため競馬大会を開く。スーホは立派に成長した白い馬に乗り、見事競馬大会で優勝する。しかし、領主は貧しいスーホを娘とは結婚させず、スーホに銀貨を三枚渡し、さらには白い馬を自分に渡すよう命令する。スーホはその命令を拒否し、領主の家来達に暴行され白い馬を奪われる。命からがら家へ辿り着くが、白い馬を奪われた悲しみは消えなかった。
その頃、白い馬は領主が宴会をしている隙を突いて逃げ出したが、逃げ出した際に領主の家来達が放った矢に体中を射られていた為、スーホの元に戻った時には瀕死の状態であった。看病むなしく白い馬は次の日に死んでしまう。スーホは幾晩も眠れずにいたが、ある晩ようやく眠りにつき、夢の中で白馬をみる。白馬は自分の死体を使って楽器を作るようにスーホに言い残した。そうして出来たのがモリンホール(馬頭琴)であった。

『ガブリエルのオーボエ』
 映画「ミッション」で使われたエンニオ・モリコーネ作曲による楽曲。
『ミッション』(The Mission)は、1986年のイギリス映画。1750年代、スペイン植民地下の南米・パラナ川上流域(現在のパラグアイ付近)を舞台に、先住民グアラニー族へのキリスト教布教に従事するイエズス会宣教師たちの生き様、彼らの理想と植民地社会の現実や政治権力者の思惑との葛藤を描く。
1986年度カンヌ国際映画祭パルム・ドール、アカデミー撮影賞、ゴールデングローブ賞脚本賞受賞。

『荒城の月に寄せて』
 荒城の月を馬頭琴のためにアレンジした曲。内モンゴルの馬頭琴奏者リボー作曲。

NAGISA's Profile

 馬頭琴奏者。3歳よりピアノ、ヴァイオリン、サックスを学ぶ。馬頭琴を頼玉龍(ライ・ハスロー)、李波(リボー)、ツェンド・バトチョローン各氏に師事。桐朋学園芸術短期大学、国立音楽院ピアノ調律科および研究科作曲アレンジ科卒業。
'86~'00年盛岡市芸術祭弦楽部門参加。'04年韓国・ソウルで馬頭琴を演奏し一躍注目を浴びる。08年モンゴル・ウランバートルにて第1回国際馬頭琴フェスティバル&シンポジウムで優秀賞。同年中国・上海「第4回世界アニメフェスティバル・ファンタジーEXPO」で演奏。'09年3月より韓国に招かれ演奏活動を行っている。'09年10月 横浜関内ホールでスペインのピアニスト、サヤー・サンギドルジ女史と共演。'09年12月 中国・北京で開催されたWCO Friends Forumで演奏し、その模様はCCTV国際チャンネルで放映された。
 
 '10年3月 東京文化会館で馬頭琴奏者リボー氏と共演。'10年7月 静岡県函南町竹林劇場にて演奏。同月、スペイン各地でサヤー・サンギドルジ女史とデュオで6公演を行う。’11年4月 韓国ソウルで東北関東大震災のためのチャリティコンサートを行う。’11年7月 東北関東大震災被災地である石巻市にて慰問演奏。’12年3月 東北関東大震災支援チャリティーコンサート開催(岩手県、東京都)。’12年5月 モンゴル・ウランバートルで開催された「日本・モンゴル国交40周年記念コンサート」にて演奏。

 ’12年9月 モンゴル・ウランバートルで開催された「モンゴル日本祭」にて演奏。'13年3月~5月 モンゴル国立馬頭琴交響楽団で研修。12年5月モンゴル・ウランバートルで開催された「日本・モンゴル国交樹立40周年記念コンサート」で演奏。12年9月モンゴル・ウランバートルで開催された「日本祭り」で演奏。13年3~5月モンゴル国立馬頭琴交響楽団にて研修、外国人初の第一号修了証を授与される。
国内外のコンサートホール、イベント、ホテル、有名レストラン等で演奏する傍ら、ライフワークとして病院、老人ホーム、各種施設、学校、幼稚園、保育園等でも慰問活動を行っている。

 現在、国立音楽院講師、日本馬頭琴協会理事。韓国SBSオーケストラ ゲスト奏者。日本、韓国、モンゴル、スペイン、世界各地で活動中。