10、フリードリッヒ大王のヴォルテール讃歌

 前回は、ヴォルテールが何に帰属しているのか、また、落語「粗忽長屋」に登場する二つの私(思う私と思われる私)の問題について、「私は過去と未来のどちらの私に帰属しているのか」ご意見を頂戴しました。ヴォルテールは「理性への帰属」とする方に対して、「理屈で組み立てられているもっともなことへの抵抗であり、むしろ感情への帰属ではないか」との反論、「帰属からの離脱がヴォルテールの本質」「どこにも帰属するところがないのが、私の悩み」「未知の私に出会いたい」「過去にも未来にも帰属していない今の私がある」など、皆さんの多彩なご意見に目を開かれました。 

 今回は、ヴォルテールの死に対してプロシャのフリードリッヒ大王が寄せた頌辞(ヴォルテール『ヴォルテール回想録』福鎌忠怒訳、中公クラシックス)から、「ヴォルテールとは何者だったか」の問いに迫ってみたいと思います。社会に貢献した文人の死に対して、王公が賛辞を捧げるのが習慣だったとはいえ、1778年5月30日のヴォルテールの死に対して、フリードリッヒの捧げた賛辞は愛情に満ちていて、天才・ヴォルテールのすべてを描ききって余りあるものではないでしょうか。

 「人類を超越した存在」としてのソクラテスやヘラクレス、アリストテレスに例えられるべき偉人であると最大限に称賛し(pp.191-194)、過去の才人たちが「哲学者」「雄弁家」「詩人」「歴史家」などひとつの領域で名をなしたのに対し、「祖国の守護者にして父」である雄弁家執政官キケロのような「さまざまな才能と知識を結集していた唯一の人物(p.221)、とまで称えているのです。

 さらに、「同氏は一切を天性に負い、氏自身が自身の運命と名声の唯一の道具」(p.195)であり、「一切を巧みに利用することを心得」(p.196)、「好奇心を満足させるライプニッツよりも、厳しい理性を納得させるのに適したロックの慎重で賢明な方法を採用」(p.198)し、「当意即妙、天禀の沸騰度、氏の創作活動の容易さは氏の周辺のすべての人々に、人は欲しさえすれば才子になれるはずであると思い込ませました」(p.201)と自身に照らすかのように語るのです。

 また、ヴォルテールは「農村の経済にも努力を注ぎ」(p.201)、「ほとんど荒廃し果てた一地域であるフェルネーに植民して耕地に戻し」「多くの製造業者と職人たちを定住させた」(p.202)ことも挙げています。残された多くの論文類には「形而上学」「天文学」「歴史」「自然(物理)学」「雄弁(修辞)学」「雄弁(修辞)学」「詩学」「幾何学」までがある(pp.209-210)、とし、小説そのものさえ独創的性格を帯び、『カンディード』のような作品は軽薄さに溢れているように思われるが、道徳的寓意や若干の現代的体系[独断的主張]への批判が含まれていて、有益さが楽しさと不可分に結ばれている(pp.209-210)、と言っています。

 そして、「これほどの諸才能、これほどのさまざまな知識がただ一人の人物に結集されている有様は読者を唖然とした驚嘆に突き落とします」(p.210)と感嘆するのです。さらに、カラス事件の救済に奔走した「人道」と「慈善」の行為は、祝福と崇拝の対象である(p.218)、と結んでいます。ヴォルテールは一日に50杯も飲むコーヒー党で、一方で興奮を抑えるために阿片を常用していたこともフリードリッヒ大王は明かし、それが麻痺から卒中にまで到らせたのではないか、と推測しています(pp.219-220)。

 このいわば「啓蒙の世を華やかに駆け抜けた知的巨人」についてのフリードリッヒ大王の讃歌を読んで、皆さんは何を感じますか。