2、すみれシロップとにわとこの花茶の薬膳効果

 幼い時から、父親に連れられて旅に明け暮れたモーツァルトは、旅先でさまざまな病気にかかって、ときには死にかけるほどの状況に追い込まれています。そのとき、父親が処方したのが、いつも家庭で食べなれている薬膳型のスープ粥と、症状に合わせたさまざまな薬剤でした。
 旅先のレオポルトが、家主のハーゲナウアーにあてた手紙から、いくつかのシーンを再現してみることにしましょう。初めてウイーンを訪れたモーツァルト一家は、1762.10.12に、郊外のシェーンブルン宮殿に招かれて、女帝マリア・テレジアと父君のフランツ1世の拝謁を得ました。

 「私たちは女帝陛下をはじめとして、このうえないご好意をもって迎えられました。…ヴォルフェルは女帝陛下のお膝に飛び乗り、お首に抱きついて、したたか気のすむまでキスをしたのです。要するに、私たちは三時から六時までお傍におり、皇帝陛下ご自身、別のお部屋から出ていらっしゃって、私をそこに連れていから、皇女さまがヴァイオリンをお弾きになるのをきかせてくださいました。15日には、女帝陛下さまは皇室主計官をつかわされて衣服を二着お贈り下さいました。…」
       (1762.10.16 レオポルトからハーゲナウアーあての手紙)

 のちにフランスのルイ16世妃となる第11皇女マリー・アントワネットに、モーツァルトが「ぼくのお嫁さんにしてあげる」と言ったという有名な逸話はこのときのことです。

 さて、父・レオポルトは皇帝からのちに自家用馬車を一台購入することになる100ドゥカーテン(~500フローリン)ものご下賜金をもらうなど、いいことづくめでしたが、好事魔多しとの諺通り、再度シェーンブルン宮殿に招かれた21日、お尻や足の痛みをモーツァルトが訴えるようになります。真っ赤な硬貨大の斑点がいくつか見つかり、レオポルトは次のような処方をしました。

 「あの子は熱があったので、私たちは黒色火薬(シュヴァルツ・プルファー黒い粉薬)と小児散(マールグラーフェン・プルファー マールグラーフェン粉薬)を飲ませました。あまりよく眠れなかったようです。次の金曜日には、二つの粉薬を朝と晩くりかえして飲ませましたが、斑点はいっそうひろがったのがわかりました。それらは大きくはなりませんでしたが、増えてはいませんでした。むこう一週間すっかりお約束のしてあった貴族の方がたにはすべて人をやり、毎日毎日お断りしなければなりませんでした。私たちは小児散を与えつづけましたが、日曜日には、望んでいたように汗を出しました。それまでは熱があっても水分がなかったからです」
            (1762.10.30 家主のハーゲナウアーに)

 ウイーン大学医学部教授で貴族の侍医であったベルンハルト博士は、猩紅熱の発疹である、と診断し、松虫草水 2オンス(ounce=31.103 481g) を含む合剤を与えています。猩紅熱は、「小児に多い発疹性伝染病で、急に発熱し、頭痛・喉頭痛・四肢痛・悪寒が起こり、顔面紅潮し、全身皮膚に紅色小丘疹を発し、発疹は3~5日で消退、後に落屑(らくせつ)を見る。病原体はA群溶血性連鎖状球菌」(広辞苑)という病気です。
 ベルンハルト博士が処方した合剤がいかなるものなのか、残念ながらよくわかりません。ただ、松虫草は「血液の流れを促し、血管内の血小板凝集を抑制する作用が認められている」(イー薬草ドットコム)とあり、二回目のウイーン旅行の際、1767年1.10のハーゲナウアーあて手紙には、天然痘にかかったモーツァルトに「松虫草のお茶をずっと飲ませ続けた」というくだりがあります。
 猩紅熱と診断された第一回ウイーン旅行での一件でも、レオポルトは天然痘ではないか、と疑っていたふしがあります。松虫草は、天然痘のような斑点のできる病気に、なんらかの薬効があると当時は考えられていたのでしょう。

写真 すり鉢など

★レオポルトの薬箱: 
包帯、軟膏、下剤、たらい、薬用塩、タマリンド水、すみれ液、
写真マーフェンルグラーフ粉薬成分
マールグラーフェン粉薬:(レオポルトの常備薬1)マールグラーフェン粉薬は、ドイツの化学者マールグラーフ(1747年にテンサイ=サトウダイコンから砂糖を分離することに成功)が作った合剤ですが、果たしていかなる効能があるのかよくわかりません。成分:マグネシウム炭酸塩、シャクヤクとアイリスの根茎、ヤドリギ、粉末サンゴ、金粉
黒い粉薬:(レオポルトの常備薬2)ミミズの粉末(黒色火薬の説も)、石炭粉、鹿の角、没薬(もつやく)、サンゴ、蛙の頭、胎盤

 すみれを煎じたものは、滋養強壮、精神安定、便秘、解毒などの効果。
アフリカ原産のマメ科植物のタマリンドが何に効能があるのかわかりません。
黒い粉薬にはおそらく利尿作用のある硝酸カリウムがベース。ミルラノキ属の樹木から分泌される没薬は、殺菌作用があり、鎮静薬、鎮痛薬として使われていました。

 モーツァルトは、
「きょうすでに二日間、家に閉じこもっています。そして、汗を発散させるために、黒色火薬とニワトコの花のお茶とを飲みました。なにしろ、カタルと鼻風邪と頭痛があり、喉が痛く、目が痛く、耳が痛かったものですから」
 と、父親に書いています
              (1778年2月22日。マンハイムから)。

 ニワトコは、発汗、解毒、むくみ、利尿などに効能が知られています。最終回に、ニワトコの花茶を味わっていただきます。