2、ガルブレイスの警鐘

 ここで、社会が必要とする適切な社会制度の性質に関するジョン・ケネス・ガルブレイスの基本的な洞察について取り上げておくべきだろう。ガルブレイスは、社会にとって制度的バランスが必要であり、権力は腐敗するものであるために、抑制されることのない権力の負の影響についてよく気付いていた。彼は、互いに「拮抗力」を発揮することもできる異なった社会制度の重要性について論じている。                             (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.138)
                                            
ガルブレイス(1908-2006)アメリカの経済学者。『不確実性の時代』『アメリカの民主主義』『ゆたかな社会』など、著書多数。

 ガルブレイスの社会眼は、「権力とは何か」「権力はどこにあるのか」という哲学的な問題を、経済の立場から見るのに有効な視座を提供してくれています。寡占状態が商品の価格を独占的に決める権力者として君臨させる状態を崩し、価格決定に一権力の乱用をさせないための力が「競争」でした。競争原理によって、価格はアダム・スミスの言う「レッセ・フェール」(神の手)にゆだねられます。ガルブレイスは、さらに競争原理が働かない状態でも、生産者側の権力を奪う力として「拮抗力」(countervailing :文字どおりは「対抗すること」)の概念を導入しました(ガルブレイス『アメリカの資本主義』新川健三郎ら訳、ティビーエスブリタニカ、1980.9、pp.131-146)。これは主に、スーパーマーケットのような小売業者が、消費者のニーズ(たとえば安全志向、健康志向など)によって売れ筋を把握し、生産者である企業に圧力をかけて、価格や品質を変えさせていく、というものです。このとき、商品価格等の最終決定権者は、消費者ということになります。つまり、現代の消費社会では、ガルブレイスの言う「拮抗力」によって、市場を決める「権力の座」が、消費者側に移ってきているのです。
 経済から見えてくるこの権力の移行現象は「ハイデガーの道具論」を思い出させませんか? ハイデガーは商品には使用者側の使い勝手がすでに含まれており、「かれ(使用者)は製品の成立に参加して『いる』のです」(ハイデガー『存在と時間(上)』(桑木務訳、岩波文庫、pp.137-138)と、ガルブレイスの拮抗力を先取りする哲学的視点を提供しています。
 拮抗力もハイデガーの道具論も、ともに、「私」と「他者」の関係を考えるにあたって、重要なヒントを与えてくれています。もし「他者を動かすこと」が権力の本質であるとするならば、少なくとも「私たち」一人一人は、権力を身に備えているのです。それをどう使うかが、いま、問われているのではないでしょうか。