2、ソクラテスのポイエーシス

 今回は、ソクラテスが、いかにして他者に真理を産婆させるか、がテーマです。ソクラテスは、他者と対話し、他者の既成観念を打ち破り、新しい世界への目覚めを与えました。これが「産婆」(真理の生み出し屋)です。

 前回お配りした『聖徳の教え育む技法』の「14人のプラトー」は、2006年SOA第Ⅲ期「西洋哲学史Ⅲ」から2007年第Ⅰ期「五感の哲学Ⅰ」にかけての対話型実践講座の記録です。今期の受講者と同じ数の14人(3人が同一)の方々によって、講座という「場」が一人ひとりの意識を掘り下げ、あたかも14人の「小さなソクラテス」が共感・共鳴して、豊かな「知の風景」が重なり合って波打つ高原の高台のような風景を醸し出しています。

 正直なことをいえば、本日のテーマ「ソクラテスのポイエーシス」は、すでにこの一文にすべてが現されている、といっても過言ではなく、これ以上の話は蛇足になりますが、多少の付けくわえをお許し願いたいと思います。

 言うまでもなくソクラテスの手法は、「問いかけ」から始まります。「善」や「勇気」「美」「節制」「正義」など、大きなテーマにつながる「問い」によって構成されているプラトンの対話編は、「徳」(アレテー)の本質に私たちを誘い、私たちが徳ある行動をとるためにはどうしたら良いかの導きの糸を与えてくれます。しかし、私たちの日常は、無数の「なぜ」が網の目のように取り囲み、ひとつの「なぜ」が「問い」の連鎖を生み、私たちを亡羊としたファジー(fuzzy)の中に投げ込むように見えます(ちなみに、大隈良典氏のノーベル賞受賞研究テーマ「オートファジー (Autophagy) =自食」はギリシア語由来です)。

 たとえば、大リーガーのイチローが言ったという次の言葉(『聖徳の教え育む技法』p.135)はどうでしょうか。

「内臓脂肪は節制によって容易にとれる。しかし、『脳脂肪』はとるのに相当な努力が必要とされる」

 イチローのほとんど即興的に語られる言葉の数々は、実に哲学的です。ここで、哲学的と言うのは、「これは何を言っているのだろう」と考えさせ、私たちを自由なイマジネーションの世界へと導いてくれるもののことです。

 まず、このイチローの言っている「脳脂肪」とはいったい何のことなのでしょうか。内臓脂肪が、内臓にたまった不要の脂肪のことを指すとすれば、脳脂肪は脳にたまった不要な脂肪ということになりますが、もちろんこれは余計な知識や、思い込みや、偏見や、などなど、私たちの意識にまつわりついて、それこそ正しい判断の邪魔をする「余計もの」ということに違いありません。これを、内臓脂肪に引っ掛けて「脳脂肪」と表現するイチローの知的センスには兜を脱ぎます。
 
 さて、このイチローの表現から、多彩な問いと空想が生まれます。脳脂肪も、節制によって取ることはできるのだろうか。脳脂肪を「オートファジー」によって分解してしまう自食メカニズムはないだろうか。などなど、ご自由に想像ください。