2、ソクラテス問答法の手法

 問いをかけ、その答えにさらに問いをかけ、相手を追いつめてついにはギブアップさせるか怒らせるーこんなソクラテスのイメージが『国家』の序盤にすでに現れていました。ソフィストのトラシュマコスに「これが例のおなじみの、ソクラテスの空とぼけというやつさ。…誰かに質問されると空とぼけて、何だかんだと言いつくろっては答えるのを避けるだろう、とね」(337A)と言わせるソクラテスの問答法には、皆さんがお感じになっているように、空とぼけどころか、詭弁としか思えないような論理展開や、無理なねじまげ、こじつけ、すりかえ、などが混ざり合っているように見えます。

 前回は、ソクラテスが「視点のずらし (自然上と法律上) 」による正邪の転換を行っていることが、対話相手のソフィストによって喝破されている対話篇『ゴルギアス』(482E-483B)を例に引いて、対話者に「ずるい」と言わせる手法を垣間見ました。対話篇『プロタゴラス』では、それとは逆に、「ある」と「なる」の本質的な違いを洞察して大ソフィストのプロタゴラスをソクラテスが論破する例(339A-340D)も覗き見ました。

 今回の『国家』では、「正しいことは、強い者の利益にほかならない」というトラシュマコスの主張をめぐって二人の間で対話が展開されます。ソクラテスは、強い立場にある支配者が誤りを犯したような場合には、正しいとされたその行為が強い者の不利益になることもあるのではないか、と議論を誘導していきます。トラシュマコスは、厳密な意味での支配者は、厳密な意味での医者と同じように誤りを犯すことがない、と反論します。ソクラテスは、厳密論に立つならば、医者にしても船長にしてもその技術は「働きかける対象のために以外はない」ことをトラシュマコスに認めさせ、支配者(強い者)もまた支配される側(弱い者)の利益を考えて動くのである、として、トラシュマコスが最初に掲げた正義の定義をひっくり返すのです。

 ソクラテスの議論に押されてきたトラシュマコスは、「不正のほうが正義より得になる」という“暴論“をまき散らし、それこそ「けつをまくって」その場を立ち去ろうとします。ソクラテスは彼を止め、技術を使って報酬を得る場合には、技術そのものが利益をもたらすのではなく、「報酬獲得術」と呼ぶべき技術がそれを実現させるのではないか、と話を展開していきます。

 『国家』の注には「正義をはじめ、人間の生き方に関わる道徳上の事柄を『技術』としてとらえるソクラテスの特徴的な考え方」(藤沢令夫訳『国家』岩波文庫、注34,p.478)とありますが、むしろソクラテスの技術論は、単に道徳的な問題だけでなく、「知のあり方」そのものを問うための方法論でした。

 今回は、対話篇『ソピステス』を例に引いて、プラトンによって体系化されたとされている「二分法」(分割法)による議論を見ておきたいと思います。『ソピステス』は、『ポリティコス(政治家)』と並ぶプラトン後期の作品で、パルメニデスとゼノンの門下生であるエレアからの客人とソクラテスとの間で、「哲学者」「ソフィスト」「政治家」の違いを求めて対話が展開されていきます。