2、哲学者は「魔術者」それとも「手品師」?

 「哲学者はルネサンスに特徴的な、いな、まさにルネサンスにおいて『再生した』ひとつの人間タイプである。しかもこの哲学者たるや、魔術者や占星術者にも扮するし、科学者に扮することもある。-こんなことをいうと、ひとはいぶかるかもしれない」と、ガレンは一文「哲学者と魔術者」の冒頭を書き出しています(『ルネサンス人』p.225)。

 ガレンは、メディチ家のプラトン・アカデミーの学頭だったフィチーノ(1433-1499) のことを「道徳哲学者にして医者、魔術者にして占星術者であり、古代の賢者たちのように、この世のことがらについて笑い、また泣く」ルネサンスにおける「新しいタイプの哲学者」としてあげています(同書p.228)。彼は、アカデミーの壁に、人間の狂気を笑うデモクリトスの姿を描かせ、他方の壁面には人間の不幸を泣くヘラクレイトスを描かせていた、と伝えられます(同)。

 フィチーノはもちろんプラトン哲学の翻訳・普及者であり、プラトンの誕生日に開いたメディチ家における『饗宴』の再現は、プラトン・アカデミーの雰囲気と質の高さとを実に良く示しています(マルーシオ・フィチーノ『恋の形而上学 フィレンツェの人マルシーリオ・フィチーノによるプラトーン『饗宴』注釈』左近司祥子訳、国分社)。

 占星術に基づいた霊的な儀式によって天界と一体となれると信じていたフィチーノを例にあげて、ルネサンス人にとって、哲学者と魔術者は重なり合って分離できない存在であるとガレンは断言し、「新しい哲学者は、魔術者や占星術者のように、洞窟を覗きこみつづける」とし、ダ・ヴィンチの『手記』における次の一文を「どうしても思い出さずにはおかない」とあげながら、彼をその「究極の事例」と見ています(『ルネサンス人』pp.232-233)。

 「私は、自然という名工がつくった多様で奇異な形象をたくさん見たくて…とある大きな洞窟の入り口にやってきた。その前で…私は腰をかがめて左手をひざに当て、まぶたを伏せて目を細め、その上に右手をかざして陰をつくった。そして何度も場所を変えては身をかがめ、中に何があるのか見わけようとしたが、内部の深い暗闇にさえぎられて何もわからなかった。そのうちに、突然、私の内に二つのものが沸き起こってきた。恐怖と欲求である。暗い脅迫的な洞窟にたいする恐怖と、その内部に何か驚異的なものがあるかどうか見てみたいという欲求である」

 ダ・ヴィンチ自身は「魔法について」の一項で、錬金術は愚劣であり、魔法が存在していたら、難攻不落の要塞など無きに等しい、と批判(『手記』上、pp.65-67)していますが、その強烈な好奇心にもとづく多様な分野で開花する能力は、ある種の「魔法使い」のように人々には見えたのかもしれません。

 ガレンは、ルネサンスの「新しい哲学者」のモデルになった古代の哲学者たちを「生の教師にして科学者、魂と身体との医師、徹底せる改革者にして批判者」と紹介していますが、遊びを人間の本質として「ホモ・サピエンス(知の人)」ならぬ「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」の概念を提唱したオランダの文化史家ホイジンガが、ソクラテスやプラトンら古代ギリシアの哲学者たちを「道化師、旅芸人、奇術師の仲間」(『ホモ・ルーデンス・ルーデンス』里見元一郎訳、p.252)とまで言っています。

 さて、哲学者って何でしょう?