2、快男児ヴォルテールの真骨頂―謎かけ

 前回は皆さんそれぞれの人生論を、ライプニッツに見立てた美空ひばりの『川の流れのように』やヴォルテールに仕立てたペギー葉山の『ケ・セラ・セラ』などの歌謡曲に載せて、“歌って”もらいました。「偶然と選択」、「水を差すようだけど、日本の歌謡曲の人生歌は、ポール・アンカが作詞してフランク・シナトラが歌って大ブレークしたマイ・ウエイに乗っかっているだけの気がしますがね」といった藪にらみの口上、さらには善を求めるソクラテスの生き方、まで、多彩な“人世歌”を奏でてくれました。

 ヴォルテール(1694-1778)とは「何者なのか」と聞かれて、辞書的には「フランスの哲学者、文学者、歴史家。ダランベールなどと共に、百科全書派の学者として活躍した」などとなりますが、プラトンのイデア論やデカルトの「我思う、我あり」、前回のライプニッツの「予定調和」、あるいは同時代のイギリスの哲学者ロックの「精神は白板」のような哲学的名言はヴォルテールにはありません。反体制的な言動から若くしてバスティーユ牢獄に投獄されたり、既婚者であるシャトレ夫人と浮名を流したり、プロイセンのフリードリッヒ大王の信を受けて文章の代筆を担当したり、『カンディード』を地で行くような風雲児の人生とでも言え、哲学者と言うよりはルイ14世時代の啓蒙的思想家・活動家とでも言いたくなるところです。
 
 1718年にコメディー・フランセーズで初演された韻文悲劇の処女作「エディプ(オイディプス)が45回の大当たりを取り、ラシーヌやコルネイユと並ぶ大物作家となったヴォルテールは、詩人・文人の才を如何なく発揮した「哲学コント」をいくつも書いています。ヴォルテールは一連の哲学コンテで私たちに、生きるとはどういうことか、ショートショートで“謎かけ”をしているような気がします。実はこれこそが、ヴォルテールの真骨頂と言うべきものなのです。

 たとえば「片目の担ぎ人足」は、二つの目のうち一方は良い面を見るが、他方は悪い面を見る、ことをテーマとした作品です。「片目であり担ぎ人足であると同時に哲学者であった」とヴォルテールが書き込んでいる主人公のメスルールは、生まれつき片目でしたが、担ぎ人足の仕事に満足しており、働いて、食べて、眠るという毎日を、同じ数だけの別な人生とみなして、日々仕合せに暮らしておりました。
 ある日、豪華な馬車に乗った高貴な貴婦人になぜか一目ぼれし、暴走した馬車が崖に落ちる寸前に6頭の馬に引き綱を断ち切って助けます。婦人を背負って帰る道すがら、二人は恋におち、何度も快楽を味わっているうちに、夜明けの光のなかで不思議なことがおきました。片目の無骨なメスルールは上品で黄金の矢筒を背負った若者に変わっており、二人は素晴らしい宮殿へと誘われるのです。
 
 この話はルイ14世の公妾モンテスパン夫人との間に生まれたメーヌ公爵の夫人ルイーズが開いていた文芸サロンで“即興”的に創られたとされる作品です。これは、貧困と豊かさの二つの世界のどちらが幸福か、を問うていると取るのが単純な解釈ですが、どうでしょうか。同じサロンで作られた「サン・ソンタク」は、わたしたちが主人公の状況に置かれたとき、どのような行動を取るかの解が求められているのですかね。「プラトンの夢」は、あなたがプラトンだったら、どのような夢を見させたいかを問われているような気がします。

 さて、皆さんの解答を”即興“でお願いすることにいたしましょう。