2、時間の蝶番が外れたって、どういうこと?

 前回は、皆さんから「舞台の演技と日常の演技に違いはあるのだろうか」「ハムレットを、振りと真似の視点で見たい」「本音と建前の葛藤劇」「これは、中世的自己と近代的な自己との端境期に生まれた文学であることにまずは注目すべきだ。To be ,or not to be, that is the question.は、復讐すべきか、復讐すべきでないか、の意味に決まっている」など、啓発的なご意見がたくさん寄せられました。「復讐」を使ったとの「To be ,or not to be, that is the question.」訳は、「やる、やらぬ、それが問題だ」(小津次郎訳『世界文学全集十』筑摩書房、1966)「するか、しないか、それが問題だ」(高橋康也、未出版、ペーター・ストルマーレ演出の東京グローブ座公演、1992)と同じ範疇ですね。どちらも、beをdoの意味にとって訳しています。

 「小学校のときベニスの商人をやることになり端役で出ました。あのとき、肉は切りとっても血はならぬ、という判決が、どうにも気になって今にいたっています」と、考えさせられるコメントも。
 
 さて今回は、お一人が提言してくれたドゥルーズの『差異と反復』にある次の表現です(財津理訳、河出書房新社、p.146)。

 デンマークの王子[ハムレット]は、「時間はその蝶番から外れてしまった」と語る。もしかすると、デンマークの哲学者[キルケゴール]も同じことを言うのではないか。…蝶番、カルドーcardoとは時間によって測定される周期的な運動が通過するまさに機軸的(カルディナル)な点に、その時間が従属しているということを保証するものだからである。…反対に、おのれの蝶番から外れてしまった時間は、発狂した時間を意味している。

 機軸とは車輪などの回転する軸、地球の自転軸のように、何かが回る中心の軸のことだから、これは「蝶番」とは随分違う訳ですね。原文は「The time is out of joint.」なので、joint(ジョイント=継ぎ手、接合部)を「軸」と訳すのはどうにも不都合ではないでしょうか。「蝶番」の英訳は「hinge」あるいは「hinge joint」です。
 
 これは第一幕の第五場最後、ハムレットの台詞です。腹心の友ホレイシオとともに過ごしているハムレットの前に父王の亡霊が現れ、ハムレットだけを呼び寄せて、叔父のクローディアスに殺されたことを告白します。そして、叔父の行為を許すな、と復讐を迫りますが、その叔父と再婚した母には危害を加えるな、と申し渡すのです。ハムレットは、ホレイシオに「亡霊のことは他言無用」と誓わせ、「時間はその蝶番から外れてしまった」と語るのです。
 
 この部分は「この世の箍が外れてしまった」(河合祥一郎『新訳 ハムレット』角川文庫、p.55)あるいは、「いまの世の中は関節がはずれている」(小田島雄志訳『ハムレット』白水社、p.64)などと、「時間」がすっぽり抜け落ちる訳が常道のようで、字句どおりに時間を入れてのドゥルーズ訳は流石です。

 亡霊との出会いによって、ハムレットはいままでの自分から外れて「狂人」を装うことになり、これをドゥルーズは、「発狂した時間」と表現するのです。「時間が発狂する」とはいかなる意味か、大いに議論いたしましょう。