2、本居宣長の孔子観
前回は、『論語』教えが、「国を治めるためのものか、個人の生き方を教示するものか」、みなさんのご意見を頂戴し、「孔子はとても自由な人」のような見方も飛び出しました。今回は、前回の渋沢栄一に次いで、中国文学の走狗、吉川幸次郎(京大教授を長く務めた文化功労者)の「『論語』の話」を題材に、源氏物語や古事記の研究で知られる国学者・本居宣長の孔子観について、みなさんのご議論をいただきたいと思います。
お配りした「『論語』の話」の第一回「はじめにー『論語』とはどんな書物か」に、本居宣長が『論語』について“目くじら”をたてた二つのエピソードが載っています。
その一つは「子曰く、たれか微生高を直しと謂うや、或るひと醯(けい)を乞得るに、諸(こ)れを其の隣に乞うて之れに与えたり」(公冶長第五の二十四)
正直な人物として評判の高かった微生高の家に酢を借りに来る人がいました。あいにく彼の家でも酢を切らしていたので、隣家から借りて、それを渡した、といういかにも良くある話です。この行為に対して、孔子は「このどこが正直だというのだ。これは八方美人的ないい顔したがる行為で、正直などという者ではない」と評したことを取り上げ、本居宣長は「こんなささいなことを取り上げて、人をとがめるのは、何ということだ。この人はあまりにも神経質すぎる」と、不満を漏らしているのです(p.119)。
孔子は50歳のころ、祖国の魯に招聘され、法務大臣からやがて宰相代行にまで上り詰めています(司馬遷『史記世家』岩波文庫、孔子世家第十七、p.294-297)。おそらく、そのころのこと、出勤している間に自宅のうまやが火事になりました。帰ってきてそのことを知った孔子の反応を『論語』は次のように書いています。
「厩焚けたり、子、朝より退きて曰く、人を傷つけたりやと、馬を問わず」(郷党第十の十三)
孔子は「人間にけがはなかったか」と尋ねただけで、馬のことは何も聞かなかった、という話です。これも宣長曰く。「馬のことはどうでもいいというのは、非人情もはなはだしい」「『馬を問わず』は孔子の言葉ではあるまい。後世の編者たちが孔子は人間を大事にするひとであることを強調したかったのだろうが、これは余計な付け加えであろう」(p.13)。
こちらは、人命第一と考える孔子の思い入れが良く出ており、「馬も大事なかったか」と読めるともいいますから、さておくとしても、最初のケースは「直」とは何か、という本質的な問題を秘めていると思います。微生高が、いかなる人物であったか、あまりわかっていませんが、女性と橋の下で逢引の約束をして待っているうち、川の水かさが増して溺れ死んだバカ正直な男、との逸話があるそうです(吉川幸次郎『論語上』朝日新聞社、p.155)。
正直者とは、まっすぐで嘘のない性格とするのが順当な表現でしょうが、融通の利かない一徹者、ということも出来ます。「直」の原意は「目の呪力」のことで、「正しく見る。十目に従う」と言った意味で使われているようです(白川静『字通』平凡社、p.1425)。何が真実かを見通す力のことと解釈すると、孔子は微生高の行為を通して、「直」の意味を弟子たちに問うているような気がします。
さて、皆さんのご意見は?