2、河童は水神の成れの果て?

画像の説明

『遠野物語』の世界は、知性の好奇心が招く危険から作話の力によって身を守る、本能の現れとしての宗教を論じたベルクソンの宗教モデルとしてふさわしいことを、前回に指摘しました。今回は「遠野の河童淵(写真右)で、河童釣りを試みている少年の姿」に感銘したお一人の方の話に応じて、55-59話の河童の話をとりあげたいと思います。

 せっかくですから、地元の語り部が語るお話を聞いてみましょうか。うーん、このおばあさんの話は、方言がきつくて実に聞き取りにくいですね。
カッパの昔話 https://www.youtube.com/watch?v=96rY_9SQEWE
 もうひと方の話は、現代語と解説も交えて、わかりやすい。
遠野の昔話「河童淵」 https://www.youtube.com/watch?v=sLT0s_1z_FE
どちらも58「姥子(おばこ)淵の河童」の話です。淵で馬を冷やしていたら、河童が出てきて引きずりこもうとします。馬も抵抗して、馬屋の前まで河童を引きずり、困った河童は馬槽に隠れますが、騒ぎで駆けつけた村人に見つかってしまいます。

 「いたずら河童は殺してしまえ」との声に、一人の老人が「馬も大事だが、お前も命が大事だろう。二度といたずらをしないと約束するなら放してやる」とかばい、河童は「この村の馬には二度といたずれしません」と約束して、放免された、まあ、単純と言えば単純な話です。

 55「河童の子」は、村の娘が河童の子を身ごもった話、56「かくされた河童の話」は、真っ赤で口の大きい河童の子が産まれた話、57「河童の足跡」は川岸の砂の上に猿と人間の指を合わせたような河童の足跡を見ることがある、と言う話、59「遠野の赤河童」は青いと言われる河童の顔が遠野では赤い、とかの話、です。

 遠野の民話に登場する河童の話がよほど気になったのか、柳田は14年後の大正13年(1924年)7月に、河童の話「河童駒引」を中心とした『山島民潭集』を500部印刷して知人らに配っています(東雅夫編『河童のお弟子』ちくま文庫、p.216)。この表題の「河童駒引」は、河童が馬を淵に引きずり込む話の総称で、柳田は同じような民話が日本各地で見出されることを調べ、河童を水神の落ちぶれたものだ、との推理を展開しています(同書、pp.292-299、「河童駒引」より)。

 民族学の石田英一郎は、柳田の河童探求を「河童が水神の一変形という根拠をあげて、上古、馬を水の神に供えた儀式の記憶が、河童と馬または湖沼河海と馬との密接な関係を示すさまざまの形をとって、今日民間の信仰にのこっているのではあるまいか、という結論に達していられる」(石田英一郎『河童駒引考』岩波文庫、p.29)と評価し、同様な話がユーラシア大陸に広く分布する「馬と水神」の話に通じることを突き進めていくのです。

画像の説明

 河童への柳田の好奇心が、民族学者らを刺激し、大きく羽を広げたことになりますね。柳田の故郷の兵庫県福崎町の辻川山公園の池には、時間が来ると真っ赤な河童が池の中からぶくぶくと浮かび上がってくる仕掛けが作られています。最近では、子河童まで加わって、何とユーモラスな光景が展開されていることか。
https://www.youtube.com/watch?v=usNQVjPSjAA
https://www.youtube.com/watch?v=E2I64PJsL0I

 さて皆さんは、河童を実在する未確認生物だと思いますか、それとも…。