2、肉食系(?)モーツァルトの食事風景

 前回は、皆さんの活発なご意見のご披露で、さっそく音楽サロンの雰囲気が出て来ました。一人は「モーツァルトは肉食系と聞いている。また、コーヒー大好き人間だったとか」。別の一人は、旅のまずの楽しみは「食べること」。女性陣からは「ザッハトルテはおいしかった」との声が。
 
 さて今回は、皆さんの貪欲な食への思い入れを鑑みて、お一人から“肉食系”と言われたモーツァルトのウイーンにおける「食風景」を手紙からできるだけ再現してみることにしましょう。比較として、ザルツブルクでの独居となった父レオポルトの食事風景も合わせて紹介します。

 「近いことづけの折に、あるいは郵便で(もし税関で通るようならば)、ザルツブルクの牛タンの燻製を送ってもらえますか。-ぼくは(ヴァルトシュテッテン)男爵夫人にたいへん世話になっているのですが、あるときたまたま牛タンが話題になりました。そして夫人がザルツブルクのをいつかぜひ試してみたいと言うので、ぼくが手に入れてあげましょうと申し出たのです。もし、ほかにも何か夫人に珍しいものを思いついて送ってもらえると、とてもありがたいのですが。-ぼくはぜひともあの方をそんな風に喜ばせてあげたいのです。…ニジマスをいくらか送ってもらえますか?」
(ウイーン。1782.8.31。ザルツブルクの父へ)
             
             ニジマスは湖水地帯ザルツガンマーグート地方の名産だった

ザルツガンマーグト2

 「牛タンを送ってくださってありがとうございます。…もし、ニジマスも手に入れば、本当にすごくうれしいのですが」(ウイーン、1782.9.12。ザルツブルクの父へ)

 「いま寒いので、上等な牛肉を6ポンド買い、家でゆでてもらいました。いままで飼っていた鶏は、ときどき<お屋敷亭>に持って行って、一羽焼いてもらっていました。それにこれはまったくうまくいっています。あさって、最後の一羽となります。私はだから、半分は<お屋敷亭>で、半分は自炊で食事をしています。料理するものがあれば、私はそこに頼んでいます。いつも持ってきてもらうものは、昼は焙りソーセージ、それに野菜、ときには豚のレバー・ソーセージ入りのスープ、それと牛の肺臓か胃を使った料理、あるいは子牛の足か肉の脂漬けです。-とりわけ一番最後のものを、私はほとんど夜食用に取っておきますが、トレーゼルが私の牛肉か、店から持ってきたものを入れたスープをそれに添えて、ご飯ないし私自身が買った大麦で料理してくれます。店のはいつでも決まって、酢で漬けてあるからです。かいつまんで言いましょう! 私は兵隊のように暮らしています。―あり合わせのものをー私は食べています。その日暮らしなのです! 辛抱辛抱!-」
 (ザルツブルク。1784.11.19。父レオポルトからザンクト・ギルゲンに嫁いだナンネル=ド・ゾンネンブール夫人への手紙)
ザンクトギルゲンのモーツァルト像
ザルツガンマーグートの一角、母の故郷ザンクト・ギルゲンは、姉・ナンネルも嫁いだところ。少年時代のモーツァルト像が、街の一角に立っている。

 「17日の木曜日。私たちはおまえの弟(注:モーツァルトのこと)の義理のお母さんのヴェーバー夫人のところで食事をしましたが、私たちはヴェーバー夫人、娘のゾフィ―と4人(注:あと一人はコンスタンツェ)だけでした。長女はグラーツにいるからです。おまえに言っておきたいが、食事は過不足なく、素敵な料理だったことで、焼き肉は立派で大きなキジでしたがーまずは全部の料理が見事に調理されていました。
 金曜日の18日は弟のシュテファニーのところで食事がありましたが、私たち4人に、ルブランさんとその奥さん、カール・カンナビヒに神父さんが一人だけでした。…肉料理だけが食卓に山盛りでしたし、キジは野菜の添え物でした。あとは王家のように豪奢で、最後にはカキ、ものすごく立派なお菓子、それにシャンパンのボトルがたくさんあったのも忘れてはなりません。いたるところにコーヒーもありました。-これは当然です」
(ウイーン。1785.2.21月曜日。父レオポルトからナンネルへの手紙)

シュニッツェル

「ヨーゼフに頼んでプリームスを呼び、ブラック・コーヒーを手に入れてきてもらった。それを飲みながら、すてきなパイプで煙草をふかした。それから、シュタードラーのためのロンド楽章を、ほぼオーケストレ-ションし終えた。…5時半に、ぼくは家を出てシュトゥーベントーアを通り、それからグラシスを抜けて劇場まで、ぼくのお気に入りの散歩をした。-ところで、ありゃ、なんだ?-なんの匂いだ?-ドン・プリームスが豚のカツレツをもってきた!-なんてうまいんだ!―きみはもう、眠っているだろうね?-しーっ!しーっ!しーっ!-きみを起こしたくない!」 (ウイーン、1971.10.7,8.バーデンの妻に)   シュニッツェル。モーツァルトが味わった豚カツレツもこんなのだったのでしょうか。

 「たったいま、チョウザメの高価なひと切れを平らげたところだ。ドン・プリームス(わが忠実な召使い)が持ってきてくれたのだ。-きょうぼくは、ちょいと食欲が旺盛なので、もしできたら、もう少し何か持ってきてくれるようにと彼をまた行かせた。-その合間に、こうしてきみに手紙を書き続けている。…
日曜日 朝7時。-とてもぐっすり眠った。きみもぐっすり眠ったろうね。-わが友プリームスが届けてくれた半分の去勢雄鶏をとびきりおいしく味わった。…」
(ウイーン。1791.10.8,9。バーデンの妻に)

 「今度の旅はとても快適だった。レーゲンスブルクでぼくらは豪華な昼食をとり、神々しい食卓音楽を聴き、天使のもてなしを受け、極上のモーゼル・ワインを飲んだ。-ニュルンベルクでは朝食をとった、きたない町だ。ヴェルツブルクでは、ぼくらの大事な胃袋をコーヒーで元気づけたが、それは美しい、見事な町だ。-食事はどこもまあまあというところ。…」     (フランクフルト・アム・マイン。1790.9.28。ウイーンの妻へ)

 「シカネーダーは(魔笛の)作曲中のモーツァルトを、葡萄酒とカキで機嫌を取りながら、劇場の近くにあった四阿(あずまや)にかんづめにしておいたと言われている」(アインシュタイン『モーツァルトーその人間と作品』浅井真男訳、白水社)
 「好きな食べものは、ローストチキン、ザウアークラウト(酢漬けキャベツ)、マス、肝のダンプリングなどだった」(ピーター・ディヴィース『人間モーツァルト』川端博訳、JICC出版局)