3、『カンディード』は『失楽園』のパロディ?

 前回は、フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」と、ヴォルテールの哲学コント「片目の担ぎ人足」を材料に、再び皆さんの“人生歌”を奏でてもらいました。

 「最近、山間地で農業をする若者が増えていると聞く。これは、片方の目が、それを善だと見ているからではないか」「哲学コントを読んでいると、ソクラテスの産婆術を思い浮かべる。ヴォルテールは、このコントによって、私たちに真理を懐胎させようとしているのではないか」「マイ・ウェイの冒頭、カーテンを下ろすときがきている、の表現に、私もその時期が来ているとつくづく思います。これからは、もう一つの私と対話を重ねていきたい」

 「マイ・ウェイは西部の開拓精神がみちているアメリカ流の生き方を示す典型。私には、やると思えば どこまでやるさ…義理がすたればこの世は闇だ、の『人生劇場』の生き方が合っている」「私は吉田拓郎の、人生を語らず、これですよ」「あなた、何か人のためにやったことありますか、と言われたことが耳に突き刺さって、これから何をやるべきか考えています」

 ヴォルテールは、「文化史上最も栄ある世紀に、生を享けた」(ヴォルテール『ルイ14世の世紀』岩波文庫p.7)一人です。この「文化史上最も栄ある世紀」とヴォルテール自身が名づけた世紀とは、いうまでもなくフランスを燦然と輝かせた太陽王ルイ14世の世紀であり、ヴォルテールは「真に輝かしい世紀」として「プラトン、アリストテレスのギリシア」「シーザーとアウグストゥスのローマ」「メディチ家のもとで繁栄を享受したイタリア」とともに「人呼んでルイ14世の世紀」をあげているのです(同書p.8)。

 1694年にパリの富裕な公証人の次男に生まれ、文才に恵まれた神童・早熟な天才とうたわれたヴォルテールの人生は、波乱万丈の物語『カンディード』(1759年1月15日刊行)など霞んでしまうほど痛快です。まあ、それはいずれ扱うこととして、まずは『カンディード』(植田祐次訳、岩波文庫)第一章に目を移すことにいたします。ここは、ドイツ(プロイセン)の地方都市ウエストファリア。雷とかいう男爵の城館に、純粋・無垢を意味するカンディードなる若者がおりました。召使たちの話では、男爵の妹と近隣の貴族の間に生まれた由緒ある身分だそうな。

 城には、饒舌そのもののパングロスなる教師がおり、男爵の娘キュネゴントとカンディードに、ライプニッツの「最善説」に基づいた哲学観を、口を開けば教授するのが常でした。あるとき、召使と秘儀の戯れをしていたパングロスの場面に遭遇したカンディードは、欲情にかられてキュネゴントと熱い抱擁を交わしてしまいます。その現場をたまたま通りかかった男爵に見つかり、カンディードは尻を蹴飛ばされて、城館を追い出されてしまうのです。

 ヴォルテールは、貴族との間で起こした決闘騒ぎでバスチーユ牢獄につながれ(1726年2月)、国外亡命を条件に釈放されて2年間のイギリス生活を体験しています。第一章はミルトンの『失楽園』をパロディ化したものだ、とされます(同書p.493注8)。

 お城は、アダムとイヴが過ごしていた楽園、カンディードがアダムでキュネゴントがイヴ、蛇に化けてイヴを誘惑したサタンはパングロス、そして男爵はほかならぬ神、二人を堕落させた知恵の樹のリンゴが、ライプニッツの「最善説」で、パングロスの誘いに乗ってこの「実」を味わったことが、結局は楽園追放ということになる、というわけです。さて、皆さんはどうお考えですか。