3、『マハーバーラタ』の教え

 古代サンスクリットの叙事詩『マハーバーラタ』にある興味深い会話については、序章で取り上げた。その会話は、デリーからそれほど遠くはないクルクシュートラにおける大きな戦いについて、偉大な戦士アルジュナとその友人であり師であったクリシュナの間に交わされたものである。それは一般には人間の、特にはアルジュナの義務についてであり、アルジュナとクリシュナはその論争で全く異なる視点を展開する。
                 (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.307)

 前回は、「甘いものは快い⇒これは甘い⇒だから甘いものを私は求める」というアリストテレスの三段論法を一人の受講生が「自分に利益となるものは快い⇒これは利益になる⇒だから私は利益を追求する」と変えて、これが人間の99.99…%の本質、との議論を展開しました。別の受講生は逆に、ある実験結果から人間の利他主義に本質を見ています。

 センの言う「コミットメント」と、村上春樹の「デタッチメント」「コミットメント」との関連はどうか、とある受講生から質問が出ました。センの「コミットメント」は日本語の「お節介」である、と言う受講生もいました。このお二人には近日、それぞれのコミットメント論を展開してもらいたいと思っています。

 今回は、「第10章 実現、帰結、行為主体性」にかかわる問題です。身内を殺してまで戦闘に勝つことにいかなる意味・意義があるのか、と迷うアルジェナに対して、肉体は幻影であって本来の人は死ぬことはない、と説くクリシュナは、目の前の感情に流されることなくより大きな大義のために生きよ、と諭します。

 目前の行為の正しさを問うアルジェナの言を「小さな正義論」、目の前の現象にとらわれずにもっと大きな文脈で何が正しいかを見よというクリシュナの言を「大きな正義論」と名づけると、二人の論争は私たちが日常出会う問題に通じてくるのではないでしょうか。1月27日のテレビ朝日「たけしのTVタックル」で、地球温暖化の犯人がCO2かどうかをめぐり、ツバイなどの国が海水面の上昇で沈みかけていることをとりあげてCO2犯人説に親近感を覚える石原環境大臣と、縄文海進などの例をあげて地球そのものの自然の変動を主張する東工大教授(地質学)との間で論争が行われました。

 CO2犯人説を支持する多くの人たちは、目の前の現実を見よ、と北極海の氷がの溶解や頻発する異常気象などを例にあげます。これに対して、CO2犯人説に懐疑的な人たちは、CO2犯人説を科学的にまとめてきた国際的機関IPCCの政治性を指摘したり、背景に原発推進派の意図を見たりして、目前の現実に対する疑いを表明します。

 原発問題は、1月23日に告示された東京都知事選の争点に浮上してきました。立候補した細川護煕元首相と支持を表明した小泉純一郎元首相は、反原発を私たちの生き方そのものを問う「大きな正義」の問題として提起していると言えるでしょう。これに対して、東京オリンピック・パラリンピックの成功、首都直下地震などに向けた防災対策、社会保障対策を三本柱にあげている舛添要一元厚生労働大臣は、目の前の問題に専心せよとの「小さな正義」の立場に立つと言えるでしょう。

 さて、皆さんは、「大きな正義論者」ですか、それとも「小さな正義論者」でしょうか。