3、メルロー=ポンティ  -身体は心の奴隷にあらず

 心と身体の関係は、古代ギリシアから連綿と続いている、哲学上の大問題です。ソクラテスは、心は身体と言う牢獄につながれており、死によって初めて自由になる、考えていました。この場合、「心」にあたるギリシア語は「プシュケー」で、通常「霊魂」と訳されています。この時代、霊魂は世界に満ちている「気」のようなものであり、個々の身体に閉じ込められている霊魂が、いまで言うその人の「心」にあたります。

 この図式を逆転させたのがデカルトです。デカルトは、心が身体を操っている、と考えました。有名なテーゼ「我思う、故に我あり」は、単純化すれば「思う」主体としての精神(心)が、精神と身体の複合的な存在である「我」の存在に気づいたことを意味します。思う主体の中心を物理的な脳に置き、脳が見る世界がすべてである、とするのが「唯脳論」です。

 メルロー=ポンティ(1908-1961)は、感じる「私」(身体)がまずあり、感じる対象の名前(記号)を通じて、感じる対象を「思う」のであり、「我思う、故に我あり」よりも、「我感じる、故に我あり」の立場を主張しました(『知覚の現象学』)。さらに、「感じる私」と「感じられる私」は一体であり、切り離せない、とする両義的な存在としての「私」を強調するようになります(『見るものと見られるもの』)。壁を押している自分は同時に壁から押されているように、他人に働きかけている自分は、他人から働きかけられているのです。

 高等師範学校時代に、サルトルやボーボワール、レヴィ=ストロースと知り合い、サルトルと政治、文学、哲学の雑誌である『レ・タン・モデルヌ(現代)』を発刊しています。しかし、メルロー=ポンティが政治的な問題を避けて党派を明らかにしないと非難するサルトルに対して、マルクス主義者でないサルトルが自称マルクス主義者より共産主義に近くなって自分を見失っている、とするメルロー=ポンティとの間の溝は次第に広がり、やがて二人は袂を分かつことになります。『サルロル/メルロー=ポンティ往復書簡 決裂の証言』(菅野盾樹訳、みすず書房)は、「拘束」を原意とし「社会参加」と訳されるアンガジュが、「自由」のあり方を問うキーワードであることを示す良いテクストにもなっています。

 両義的な「私」という概念は、現代においてますますその矛盾が顕在化し、私たちの存在ひいては社会そのものをも揺るがしていることを感じざるをえません。かつては、資本家と労働者なる明確な「自他」の区別がありましたが、いまや個人が働く立場としての労働者と、投資を行う資本家の立場を共有するようになっています。生産者と消費者の関係も、だれもが何らかの形の生産者であり、日常的には物を消費する消費者です。男と女という明確な区切りさえも、「男性」と「女性」の双方をもつ両義的な存在が、確かに存在することも常識になっています。

 ちなみにアリストテレスは、ソクラテスと反対に霊魂が身体を作っている、と考えました。死とは霊魂の消滅であり、それにともなって身体が崩壊するのです。生命体は、遺伝子という情報体であり、脳を含めた身体はその情報によって形づくられています。情報が変われば身体も心のあり方も変わります。仏作って魂(情報)入れず、はよく言われますが、魂(情報)作れば仏はできる、が、アリストテレス=先端生命論の図式です。