3、好奇心男ソクラテス

 前回、ソクラテスをガチョウのようにガミガミなじる妻クサンチッペの話から、男と女の違いをめぐる話題で盛り上がりました。先日、NHKの番組「世界街歩き」をたまたま見ていたら、運河の街ベニスの市場で奥さんから頼まれて魚を買いに来た中年の男性が、何を買ったのですかと聞かれて答えられず「命令するのは女、仕事をするのは男、世界中で相場は決まっているでしょう」と苦笑いしておりました。

 そうかと思うと、井原西鶴の「好色一代男」を読書会のテーマとする仲間の一人が「TVのバラエティー番組で、珍しく心にグサッときた発言があります。高嶋ちさ子の『とにかく、男ってバカだ』と中野信子の『雄はばら撒く雌は選ぶ』です」と、メールで書いてきました。高嶋ちさ子はヴァイオリニスト、中野信子は脳科学者、お二人とも歯に衣きせぬ発言で、メディアに絶えず登場する現代のクサンチッペのような方々ですね。

 以前、かなり高名な分子生物学者の奥さんが、ご主人のことを「ほんとうに男はバカだから」と、こそっと漏らしたのを聞いて、えっ、と驚いた覚えがあります。さるコンサートの休憩時間で、隣に座っている中年の女性たちが「何でも、初恋の人が困っているというので、助けたい、とか言っているそうよ。本当に、男ってバカなんだから」と相槌を打っているのが耳に入り、「えっ、それが何でバカなの?」と話しかけたいのをじっとこらえた覚えがあります。だって、私にはとても素敵な話に聞こえたものですから。

 余談はともかく、「高談娯心」の例として受講生のお一人が日本のノーベル賞候補の研究をあげてくれましたが、なんと今年のノーベル物理学賞に気候温暖化の研究者、真鍋淑郎博士が受賞するという驚きの話が飛び込んできました。まさに「高談娯心」、真鍋博士の原動力「好奇心」から、本日の「ソフィーの馬鹿」につなげて行くことにいたしましょう。

 どうしたことか池田ソクラテスは、主人公のソフィーへの不思議な手紙「あなたはだれ?」から始まるヨ―スタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界-哲学者からの不思議な手紙』(NHK出版、池田香代子訳)にすっかりお冠です。「なんであんな本が200万部も売れて、私の本がちっとも売れないのか」(pp.22-23)と冗談めかして本音を吐露しておりますね。

 ゴルデルのことを「月並みな哲学教師で哲学者じゃない」(p.28)となじり、この本を「ウソモノ」とまでこけおろす(p.32)始末。あげく、ヘーゲルの『哲学史講義』から「哲学史は意見の画廊ではない。意見は一つの主観、一つの想像であり、哲学は真理の客観的な学問である」(p.29)を引用し、日常の私的な気づきが哲学へと導く、との、本講座のコンセプトをご批判しております。さらに、プラトンの『第七書簡』まで持ち出し(p.34)、「ごく少数の者にしかわからない」のが本物の哲学である、と言いたげなのです。

 ゴルデル本の問いかけ「あなたはだれ?」が、池田ソクラテスの言う私的な問いに過ぎないのかどうか、皆さんとご一緒に考えていくことにいたしましょう。アゴラ(広場)で、「あんたって、何?」とお偉方を問い詰めるソクラテスの原動力は真鍋先生と同じ「好奇心」(curiosity=strong desire to know about something by OXFORD 現代英英辞典)であり、アリストテレスの「知ることを欲する」、に通じる哲学の始めだと思うのですが。