3、法律の適切な運用は役人次第であること(第六巻)

         ―プラトンの戦略思考―

 第六巻の一章~六章(751A-758E)を通読します。今回は、一人の受講生が、「安保法制に対する覚悟」のタイトルで、発表をしてくれます。用意してくれた孫崎亨著『日米同盟の正体―迷走する安全保障」(講談社現代新書)には、日本の「戦略的思考の欠如」が指摘され、「軍事的な囲い込みよりも、経済的な相互利便の構築こそが、真の安全保障・抑止力につながる」旨の提言がなされています。このテーマに合わせて、第六巻の通読部分から、プラトンの戦略的思考について考えてみたいと思います。

 国家における戦略的思考とは、簡単に言えば「遠くを見て、国のあり方を考える」ことであり、戦術的思考は、「そのあり方に向けての具体的な方図」ということになるでしょう。「遠くを見る」の「遠く」とは、時間的な未来と、空間的な遠方の双方を含意しますが、一般的には、国家の未来のあり方を明確にすることが戦略的思考の本質と考えて良いと思います。

 プラトンにおける国家の最終的な理想形は、言うまでもなく「平等の実現」です。それまでのギリシアにおける都市国家の実情から、「君主制における極端な不平等」と「民主制における無差別な平等」が、いずれも国を不安定にしている、とプラトンは結論づけていました(757Aとその注 参照)。この両極端を排して、真の平等な社会を実現するために、まずは法の整備から始めることが、国造りへのプラトンの戦略だったと言えると思います。

 平等には、尺度(土地の広さなど)、重さ(収穫物の量)、数(分配される土地の数)などによって、単純に頭割りとする方法がまずはあります。しかし、この場合は、徳、功績、教養など、その人の力量が反映されておらず、たとえばより大きな収穫(業績)をあげる力のある人と、小さな収穫(業績)しかあげられない人に均等配分する矛盾が常に発生することになります。現代的な用語でいえば、基礎報酬と成果報酬の組み合わせによって、体感的「平等感」をもたらそうとしたのが、プラトンの平等感と言っていいでしょう。

 その「平等社会」を実現する現実的な方策が、第六巻の「護法官」(法の守護者、財産登録の番人、不当利得に対する裁判の三つの役目をもつ)の設置と、「政務審議会」の設営、そして、経済状況を考慮しながらの段階的な選挙の方法です。こうした体制と選挙方式を現実化すれば、「法」を適切に運用し、「平等社会」の実現が図れる、とプラトンは考えたのです。

 政務審議会のメンバーが12の30倍の360人、など、あげられている数字は、前回と同じく割り切れることが原則のものです。護法官の数に珍しく「37人」という割り切れない数が出てきますが、クノッソス出身者18人と植民者19人の割り当ては、新しく国造りを進めるにあたって、いわば新人のほうに決定権を持たせる意図があるのかもしれません。

 出自・意識・経済基盤などが異なる人たちへの「公平な分配」を通じて、平等社会の実現を目指すプラトンの国造りと、戦略不在と言われる日本の国造りとを俎上に載せて、相互比較のご議論ができればと思います。