3、能力は四つあるー記憶と知能、癇癪と色欲

 お配りした『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(岩波文庫)の手記の部分(pp.70-75)は、「人生論」としてまとめられているもののごくごく一部に過ぎません。プラトンの魂三分説(頭に理性、胸に愛と情熱、腹に怒りや勇気)を思わせる「四つの能力説」は、ダ・ヴィンチ自身の深い経験から生まれてきた実感であることは間違いないでしょう。

 あの膨大な手記・手稿の存在は、ダ・ヴィンチが驚異的な記憶力の持ち主であることを示していますし、科学から芸術までのあらゆる分野にその才能を発揮した「万能の人」である彼が、凄まじい知能の人であることは余りにも明白です(彼の知能指数はIQ205と推定され、コンピュータの生みの親フォン・ノイマンのIQ 300、ゲーテのIQ250に次ぎますが、さてその程度でしょうか)。

 「理性と知性の人」ダ・ヴィンチ自身が、癇癪と色欲とを四大能力のひとつにあげていることは、逆に興味を引かれるところです。なぜならこの二つは、伝えられる資料に頼る限りは、ダ・ヴィンチの人生の中で、ほとんど見られないものだからです。あのヴァザーリも、ダ・ヴィンチを「ムラ気、移り気の性癖」とは言っていますが、描かれているのは次のような温厚で情緒豊かな人間像です
 (ヴァザーリ『レオナルド・ダ・ヴィンチ伝』裾分一弘訳、岩崎美術社)。

 「どんな頑迷な論敵でも、議論で説得し理屈で混乱におとし入れることができた」「レオナルドの談話にはすこぶる魅力があったので、聴衆の気をそらすことがなかった」「彼は、自然の恩恵を豊かに受けていたので、彼の着想・良識・才気のおもむくところ、その成果は衆俗をこえて利発・敏捷・善美・可憐・品位にあふれていた」「彼は、当代まれに見る即興詩人でもあった。レオナルドの驚くべき弁舌を聞き知った候(ミラノ候ルドヴィゴ・イル・モーロ)は、その超人的な才智にほとほと魅せられてしまった」「レオナルドは気宇広大で、その振舞いにも万事ゆとりをもっていた」「彼はまことに寛容で、いやしくも才徳ある者ならば、友人の貧富を問わず歓待した」

 しかし、破れた紙片や下書きとして残っている彼のメモ書きからは、多くの職人・弟子を雇っている工房の主として、依頼主との資金的交渉などで、頭を悩ませていたダ・ヴィンチの姿が浮かび上がってきます。ミラノ候ルドヴィゴ宛の下書きには

 殿下、支払いが遅れております二年を私がどのように過ごして着ましたか…
 私には常時雇っておかねばならない二人の親方がおり…
 命じられた仕事のために私費で15リラを支払わねばならないことになりました…
 生計を支える収入を得たいという私の望みは…
 どのような条件に私がおかれることになるのか、知らされないままでは…
  (マーティン・ケンプ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(藤原えりみ訳、大月書店、p.28)

 また、別の下書きには「殿下が私に金銭的な余裕があるとお考えでしたら、それは誤りです。私には三年にわたって養っていかなくてはならない六人の弟子がおりました上に、50ドゥカート(=200リラ)しかなかったのです」(同書p.29)と、経済的窮状をルドヴィゴに訴えているのです。窺い知れないことが、いろいろあったのでしょうね。癇癪もおこしたダ・ヴィンチを見てみたいですね。

 色欲はフロイト的リビドーとして創造の力だったのかも。