3、透明人間としてのリーダー

 前回は、ソクラテス対話法を応用した「場による生成」の実践報告『聖徳の教え育む技法』の「14人のプラトー」を題材として皆さんの声を聞かせてもらいました。イチローの脳脂肪発言から触発されての「感覚」が話題の中心となりました。

 「五感を統合した共通感覚(コモン・センス)が大事な時代になってきたのではないか」「脳感覚のようなものがあるのではないかと感じる」「ダイアログ・イン・ザ・ダーク(暗闇の対話)の体験をしたが、暗闇の中でぼくらは何も見えないのに、案内役の目の見えない人は、車座で座るように言われたぼくに、もう少し後ろに座ってください、などとまるで見えるかのような指示を出してくる。彼らは、暗闇で実際に見えているのだ!」

 「利き酒をして自分の好みの味を探していくのだが、好みでない味や、変わった味など、いろいろあって始めて自分の好みがわかってくる。脳脂肪が、雑念や余計な考えだとすれば、むしろあったほうがいいのではないか」「考えるということは、ひとつの切り口になっている、と思い当たった」

 「場による生成」について、「早稲田実業の野球部監督の名言を思い出した。選手たちの力を引出すには、リーダーは選手以上にピュアでなければならない、と」。ピュアということは、チームの力を少しでも良くするために純粋である、ことですね。この「良くする」すなわち「善くする」はすべてに通じることで、その究極がソクラテスの目指した「人間を善くする」、つまり「善」の追及・実現です。「哲学の場」における問いかけ者の目的は、対話が少しでも「善の方向」へと向かうことにあります。「善」に対して純粋であることが、問いかけ者に求められる姿勢だと思います。

 さて今回は、場の中心が不在の集団がテーマです。お配りした『市民・組織・英知―変革の世紀1』にとりあげられているのは、指揮者が存在しないユニークな音楽集団「オルフェウス室内管弦楽団」です。1972年に創設され、ニューヨーク州を拠点として活動しているこの小オーケストラは、指揮者なしで優れた演奏力を発揮していることで知られています。曲の解釈から個々の奏者への指導、テンポの指定など、同じ曲でも指揮者によって驚くほどの違いがある世界で、指揮なし集団はいかにして曲を組み立てているのでしょうか。

 たとえば、フルトベングラーは、楽団員たちの声に実によく耳を傾け、彼らの反応を演奏中でも確かめながら指揮をする「即興演奏」型で知られています。これに対してカラヤンは、自らの解釈を絶対化し、すべて彼の思うとおりに演奏することを楽団員に求めます。その結果、カラヤンの場合はリハーサルどおりの演奏再現が理想であり、カラヤンは「目をつむって指揮している」とよく言われるのです。

 これに対して、オルフェウス室内管弦楽団の場合は、すべてのメンバーに演奏における「良し」「悪し」を決める権限があり、リハーサルの最中にお互いが意見をぶつけ合い、「最適解」がみんなの力で決められていきます。リーダーの「透明化」とでもいえる彼らの決定スタイルは古代ギリシアのイソノミア(無権力)や、日本の「寄合」を思わせ、ビジネスの世界にも影響を与えているのです。