3の付記 善悪を知る知

 前回は、お一人が「プラトンのイデアについて」と題する一文を寄せ、現代における「正義」の欠落を指摘し、格差などの問題を課題としてあげました。別の方が、「イスラム国のケースは一つの典型だが、現代において正義は、むしろ声高に掲げられているのではないか。いまの時代に欠けているのは、理想や理念だと思う」と提起しました。
 ある方は「あげられた格差などの問題は、資本主義のもつ欠陥ではないか」とのご指摘です。一人が、『国家』の原書ギリシア語を朗々と読み上げてくれ、ギリシア語話にも花が咲きました。

 さて、『国家(上)』236頁の「贅沢にふくれあがった国家」の浄化が我々の「節度」によってなされる、の部分(399E)について一言触れておきたいと思います。ここで「節度」と訳されている「ソープロシュネー σωφροσύνη」は、古代ギリシア世界では正義や勇気と並んで大事な徳性の一つになっています。「思慮」「分別」「節度」「節制」「慎み」「克己心」などの幅広い意味領域をもち、これが何であるかを問いかけるソクラテス対話篇として『カルミデス』があります。
 
 問題提起をした方が「節度は勇気、正義、善などイデアの本質を表すものと一体になっていると思います」とおっしゃるのは、まさにその通りで、極めて大事なご指摘だと思います。そのときにあげられた現代社会の五つの病根「大量生産、大量消費」「マネー中心主義」「格差」「コミュニティの崩壊」「環境破壊」は、「節度ある生き方」を現代人が失った結果である、といっても過言ではないでしょう。

 『カルミデス』の中でソクラテスは、「ソープロシュネー」とは一つの知であり、それも善悪を知る知である、と対話を導いて行っています(174C-D)。つまり、「何をすべきか、何をすべきではないか」を知る知だと言うのです。

 その対話を続ける中で、私たちを幸福にしてくれるものは、どのような知なのだろうか、というソクラテスの問い(174A)があります。ソクラテスは、ホメロスの『イリアス』に出てくるカルカスΚάλχαςを念頭において、「それは現在、未来、過去のすべてについて、何一つ知らない人のことなのだろうか」と問いかけます。『イリアス』にはカルカスが「現在のこと、未来のこと、以前にあったこと」に通じている占い師として登場しています(第一巻70)。

 さて、今日は皆さんにこのソクラテスの問いについて、自由に意見を述べてもらうことにしましょう。あなたがカルカスだったら、私たちを幸福にしてくれるものは

1、 過去に学ぶ知
2、 未来を見通す知
3、 現在を正確に把握する知

のどれだと、お答えになるでしょうか。