4、「太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ」

           ー名言か迷言かー

 前回も、みなさんからさまざまな声をいただきました。拙小論『哲学はエンタテインメントになり得るか』(聖徳大学言語文化研究所『論叢』18、2011.3)に対して、俳句や川柳にある「風刺」と「ユーモア」の精神に、同じような知的エンタテインメント性を見る、との受講生のエールは心強いものでした。挙げてくれた一句「総理にも、間違いはある、人だもの」、私の即席返歌「安倍さんは、間違いだらけ、総理だもの」(小笑い)

 別の受講生は、かつて東大の卒業式(1964.3.28)で大河内一男総長が述べたという名言「太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ」について、石井洋二郎東大教養学部長が今年の学位記伝達式で”間違いだらけ”と指摘した話を紹介してくれました。

 これは功利主義者ジョン・スチュアート・ミル(1806-1873)の言葉「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい」を、大河内総長が意訳して用意したが実際には語らず、草稿を手に入れた新聞社の報道によって世に定着した、というのです。

 石井学部長は、大河内総長の正確ではないミルの引用そのものにまずは問題があり、しかもそれが「なれ」という強い命令調子になって本人の言葉として流布してしまったことに言及し、事実確認のないままに伝言ゲームをしがちな学生たちに、情報の出所を直接あたることの重要性を説いたのです。
さて、本日はこの話を種に、「知的シンポジウム」を楽しみませんか。

二つの資料

1、東大教養学部学位記伝達式における石井学部長の発言(2015.3.25)の全文
http://co-media.jp/graduation-in-university-of-tokyo/
2、国士舘大学図書館・情報メディアセンターに対する問い合わせ「東大総長の『太った豚になるよりは、痩せたソクラテスになれ』の出典を知りたい」(2007年4.14)への回答(石井学部長の学位伝達式における発言を踏まえた更新追加部分を含む)
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000034584
を用意しました。

 この話を紹介した受講生は、現代ならば、大河内総長の話がミルからの不正確な引用であることをたちまちネット族が見抜き、名言が実は迷言であることを暴いてしまうだろう、と断じています。

 この話には多種多様な「知的対話」を楽しめるエンタテインメント性が隠れています。ここから、どのようなことをお考えになるか、一人ずつコメントをいただきたいと思います。

 私がこの学位記伝達式で話す立場だったら、大河内総長の名言話は、本当はこうだった、とさらりと話し、ところでソクラテスってどんな人だったのか、と学生に問いかけるでしょう。命令形(大河内総長)であれ、希望の表明(ミル)であれ、二人ともソクラテスであることが好もしい、と考えていることは確かです。とすれば、この話の主題は、「ソクラテスとは何者なのか」であって、太った豚と比較(大河内総長)しようが、満足した馬鹿と比較(ミル)しようが、それは大した問題ではないのです。

 第二巻七~一四の講読からは「酒は飲むべし、飲まれるべからず」の金言が浮かんできます。「シュンポジオン」(共同食事)の場におけるソクラテスとアテナイの知者たちとの対話風景を、対話篇『饗宴』(藤沢令夫訳、岩波書店)から抜き出して(212C-222B)お配りしておきます。