4、「小さな帳面をたずさえ、人間の運動をうつせ」

 今回は、ダ・ヴィンチの絵画における創造の秘密に迫ってみましょう。お配りした手記(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記(上)』岩波文庫)の部分「運動と表情」の冒頭にある、「運動はいっさいの生命の源である」(p.237)は、ダ・ヴィンチ絵画の本質にそのままつながるものです。

 ダ・ヴィンチは、人間の心の動きが動作(運動)に現れることに何よりも注目していました。聴覚に障害のある人が、身振り、手振りで感情や思考を表現することを例に引いて、人物画は「その人々が何を考え、何を言っているか分かるように、それぞれの働きにぴったりした動作をもつ」ように描け、と言っています(p.237)。

 人間の運動は、身体全体と肢体の各部分についてよく知り、肢体と関節のあらゆる動きについて学ばねばならないとし、そのためには、偶然に出くわした、泣いたり、笑ったり、怒ったりしている人間の動作を、「小さな帳面をたずさえて」、その人たちに気づかれないようこっそり「写せ」と言うのです。気づかれたら、彼らは体裁をつくろうようにするので、悲哀や憤怒、恐怖の本当の表情が失われてしまうからです。

 さて、いまや私たちは、メディチ家に楯突きロレンツォの弟を殺害した犯人が大衆の前で絞首刑にあった首吊りの様子(1479年)をスケッチしたダ・ヴィンチの意図を知ることができます。彼は、死の瞬間の人間の表情や肢体の状況をスケッチする絶好のチャンスとして捉えたからなのです。首吊りの図の下に、死者の顔だけがさらに仔細に書き加えられていることに注目してください。これは、彼が見て取り描き出した恐らくは最初の「死」の表情です。

 私たちは、死に関してもうひとつ首をひねりたくなるレオナルドの行為を知っています。1510年、100歳を生きた老人がレオナルドの目の前で亡くなりました。彼は、その死に顔もスケッチし、穏やかな死に顔の秘密を知りたくて、老人を解剖し、血流の少なさに驚き、血液が「生命の源」であることの確信に至るのです。
「横死」と「老衰死」の表情の違いに注目すべきでしょう。このようにして、ダ・ヴィンチは、あらゆる機会をとらえて、人間の生の表情をスケッチして、それをキャンバスへと反映させていったのです。
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 『アンギアーリの戦い』(1503~1505年)における老戦士の習作(上)に見られる憤怒も、『最後の晩餐』(1495~1498)におけるピリポ頭部習作に見られる戸惑いも、究極には『モナ・リザ』(1503~1505)の神秘的な笑みも、彼がどこかで見かけた無数の表情のスケッチから生まれたものなのです。

Mona_Lisa,_by_Leonardo_da_Vinci,_from_C2RMF_retouched

 『モナ・リザ』を見て、みなさんはどこかでこの笑顔を見たことがある、と感じたことはありませんか。それはまさしく、人間がときに見せる究極の「微笑」であり、どこかで、必ず出会うことのある、普遍的な微笑なのです。レオナルドはそれを写し取ったからこそ、私たちに深い感動と共感を与えてくれるのではないでしょうか。

 2007年3月20日(火) ~ 2007年6月17日(日)に、東京国立博物館で、特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」が開かれ、『受胎告知』が日本初公開されました。このとき、放映されたNHKの番組「レオナルド・ダ・ヴィンチの原点『受胎告知』を参考までに見てもらいます。これまでの話の補完、次回やそのあとにつながる話があります。
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