4、「普遍の探求者」―ソクラテスとしてのダ・ヴィンチ

 「万能人uomo universaleウオモ・ウニヴェルサーレ」のuniversaleとは、英語で言えば「universal」であり、「普遍」の意味をもち、「普遍人」と訳されることもあります。ガレンは、『イタリア・ルネサンスにおける市民生活と科学・魔術』(清水純一・斎藤泰弘訳)における「レオナルドの普遍性」と題する一文において、ダ・ヴィンチがあらゆる分野に関心と活動が広がっている意味での「普遍性」とともに、あらゆる時代のあらゆる人々にとって意義をもつような「ある本質」を獲得した「普遍性」を備えたことに、意義と価値がある、としています(同書pp.123-124)。

 私たちは、第一の普遍性にとかく眼を奪われがちですが、真のレオナルドの価値は、「わずかの作品と数多の素描に全知識と全活動を傾け、ひとつの光、ひとつの動作、ひとつの形姿のなかに、現実のもっとも深い意味―事物のあらゆる隠された様相を休みなく探求することによって解明しようと試みた、世界の表象とその彼方にあるその秘密との関係―を表現することに成功した」(p.125)ことにある、と言うのです。

 ダ・ヴィンチの究極の作品と言ってもよい『モナ・リザ』を題材として、「ひとつの光」「ひとつの動作」「ひとつの形姿」に秘められた「普遍的な意味」を皆さんとご一緒に解明していきたいと思います。モデルは、定説ではフィレンツェの商人・ジョコンダの夫人リザ(モナは既婚女性の敬称「Madonna=貴婦人」の略称なので、「モナ・リザ」は文字通りに言えば貴婦人リザの意味)ですが、マントヴァ后妃イザベラ・デステから、母親あるいはダ・ヴィンチ自身、はては、キリストを身篭っているマグダラのマリア、など、さまざまな逸話に彩られています。

 ダ・ヴィンチは、人体を小宇宙に見立て、肺の膨張・収縮を大洋の潮汐になぞらえる(『手記(下)』p.150)など、地球を一つの生命体とみなすガイア思想の前駆的な発想を持っていました。ダ・ヴィンチが絵画の世界で描こうとしたのは、宇宙の普遍を絵画のなかに塗りこめようとしたのかも知れません。また「画家は、自分を魅惑する美を見たいとおもえば、それを生み出す主となる」 (『手記(上)』pp.191)ことを鑑みると、自然を通して見出した「美」そのものを、絵画に描こうとしたと言えるかも知れませんね。

 「彼の理想の女性が肉体を得て目に見えるものとなった」と考えるイギリス・ビクトリア朝の文学者ペーター(1839-94)の長々とした「モナ・リザ論」を紹介しておきます。

 「内側から肉体の上に作り出された美。積み上げられた小さな細胞の一つ一つに妖しい思考、奔放な夢想、強い激情が宿る。…ギリシアの肉欲、ローマの淫蕩、中世の神秘主義、その霊的願望と想像的な愛、異教世界の復帰、ボルジア家の罪業を、そこに肉付けした。…近代の哲学は、人間とはあらゆる思考生活様式によって形成され、またそれを自分自身のうちに総括するものであるという観念をもつ。まさしくリザ夫人は古い幻想の体現、近代思想の象徴ではなかろうか」(『ルネサンス』別宮貞徳訳、中公クラシックス、pp.136-138)

 私の考えは、ダ・ヴィンチは「美とは何か」「善とは何か」と問いかけ続けた芸術のソクラテスだったというものです。皆さんのご意見を拝聴させてください。