4、ロンドンとモーツァルト

 西方への大旅行を続けていたモーツァルト一家が、ドーバー海峡を渡っての旅の終着点ロンドンに着いたのは、1764年4月23日だった。父・レオポルトはザルツブルクの家主ハーゲナウアーに「失礼ながら食べ物を戻すことなしにはすまされず、私もほとんど全部戻してしまいました。でも、吐剤を服用するお金は節約になりました」と、ドーバー海峡越えをユーモラスなタッチで報告している(1764年4月25日)。

セシルコート・床屋カズンズ宅

 一家は、1765年7月24日にカンタベリーに向かって立つまで、ロンドンで1年3か月の逗留を続けるのである。まずは、セシル・コートの床屋カズン宅に落ち着いたが、レオポルトが風邪をこじらせたことから静養を兼ねてテームズ河畔のチェルシー村に8月6日には早くも引っ越しすることになる。レオポルトはほどなく回復し、街中であるソーホー・スクエアのウイリアムソン宅に三度目の引っ越しをすることになる。(右 セシルコート・床屋カズンズ宅)

 ロンドン滞在中のモーツァルト一家は、驚くほどの厚遇を受けている。到着してわずか3日後の4月27日には、モーツァルトと姉ナンネルがバッキンガム宮殿において、国王ジョージ3世と王妃の前で夕方の5時から9時まで演奏するという栄誉に浴している。当時27歳だったジョージ3世は、1776年のアメリカ独立宣言文で、独立の妨害と内乱への扇動を行った中心人物として非難されることになるが、私有オーケストラを持つ音楽好きで知られ、とくにヘンデルを敬愛していた。王妃もクラヴィーアを奏し、歌唱力もなかなかのものだった。

 5月19日に一家は再び宮殿に招かれ、今度は午後6時から10時まで、国王夫妻の前で演奏することになる。レオポルトの家主宛の報告は、半ば興奮気味に、こう伝えている。
「国王はあの子の前に、バッハ、アーベル、それにヘンデルの曲も差し出されましたが、全部をあの子は初見で弾きとばしたのです。あの子は国王のオルガンで、みんなが彼のオルガン演奏をクラヴィーアを弾くよりもずっと高く評価するほどみごとに演奏しました。それからあの子は王妃のお歌いになるアリアや横笛奏者の独奏に伴奏をつけました。最後にあの子は偶然そこに置いてあったヘンデルのアリアのヴァイオリンの譜面を取り上げて、そっけないバスの上に、まことに美しい旋律を奏したので、一同まったくびっくりしてしまったのです」(1764.5.28。家主ハーゲナウアーへの手紙)
バッキンガム宮殿
 のちにモーツァルト一家は散歩中に、セント・ジェームズ・パークで、国王と王妃の乗る馬車とすれ違うことになるが、国王は頭を馬車から出して笑顔で挨拶し、手まで振ってくれたことを、レオポルトは感慨深げに書いている(同手紙)

 イギリスはアフリカから武器などと交換した奴隷を、カリブ海地域と北アメリカ大陸で砂糖やタバコと交換する三角貿易で潤い、首都ロンドンは国際都市として一大発展を遂げていた。レオポルトは「ロンドン橋に立って、テームズ河にいつでも浮かんでいるたくさんの船を見ていると、びっくりするほどの帆柱の量のために、まるで鬱蒼とした森を目の前にしているように思われます。じっさい、これ以上見事なものはなにひとつ見ることはできません」と驚嘆している(1764.11.27。家主ハーゲナウアーへの手紙)
ロンドンでの食生活もまた、レオポルトを驚かせるのに十分だった。

 「食物ははなはだ滋養があり、実があって、強壮効果があります。牛肉、犢(こうし)肉、それに小羊の肉は、どこでおめにかかれるものよりも上等でみごとです。田野でまことに立派な家畜や小羊を見かけますが、これはほとんど犢ほども大きく、羊毛はたくさんあって長いものです。すぐれた織物ができるゆえんです。ただ、こうした食物は滋養分がありすぎ、それにいろいろな種類があるビールは、まったくびっくりするほど強くて、おいしいのです。これに反して、ワインは、ビールが国の産物なので、なんともいえないほど値段が高く、しかも驚くほどの消費税がそれに加わります。」(1764.6.28。家主ハーゲナウアーへの手紙)

ソーホーのモーツァルト宅

 モーツァルト一家は、結局ビールにはなじめず、一びん二シリングのいちばん安いフィレンツェのワインを毎日飲むことにした。子どもたちにも水でわって飲ませたので、一日一本、一ヶ月で30本空けることになり、月のワイン代が60シリングに達した。レオポルトは、昼食代に4シリングかかること、ちょっと漬けた仔牛の肉も1シリング以下では手に入らないこと、若鶏一羽が二シリングすること、など、物価の高いことに悲鳴をあげている。
(1ギニー=21シリング、1シリング=24クロイツァー、1フローリン=60クロイツァー)

 ちなみに14年後のパリ母子旅行では、母マリーア・アンナが「当地はものすごく物価高。英国にわたしたちがいた時にくらべてずっと高い。牛肉10クロイツァー、子牛肉12-14クロイツァー、若鶏60クロイツァー」と、さらにこぼすことになる(1778.5.28。ザルツブルクのレオポルトへの手紙)。