4、洞窟の比喩とメディアとの関係

 『国家(下)』はいよいよ有名な「洞窟の比喩」が登場する第七巻に入ります。比喩の具体的な展開は一~四(512A-519D, p.102 -p.119 )に過ぎませんが、その比喩であげられた善のイデアを見ることができるためには、それなりの学問によって鍛えられなければならない、とし、どの学問がふさわしいか、あげていくことになります
            (五~一二、519E-531C, p.119-p.156)。

① 数の学(算術)
② 幾何学
③ 天文学

 これらの学問がなぜ必要なのでしょうか。まず、洞窟の比喩の冒頭の良く知られた部分をあげてみましょう(514A)。

 地下にある洞窟状の住まいのなかにいる人間たちを思い描いてもらおう。光明のあるほうにへ向かって、長い奥行をもった入り口が、洞窟の幅いっぱいに開いている。人間たちはこの住まいのなかで、子供のときからずっと手足も首も縛られたままでいるので、そこから動くこともできないし、また前のほうばかり見ていることになって、縛めのために、頭をうしろへめぐらすことはできないのだ。彼らの上方はるかのところに、火が燃えていて、その光が彼らのうしろから照らしている。

 火と囚人たちのあいだに、ひとつの道が上のほうについており、その道を人形遣いが操り人形を出して見せるように、人間や動物の像やいろいろな道具など、私たちが通常見かけるものが運ばれていく、そのような情景が説明されます。囚人たちの前面の壁に、後ろの火から照らされたこうした像や道具などが映り、後ろを見ることのできない囚人たちは、この影を現実だと思うだろう、と説明されるのです。

 私たちが見ている世界は、この影のようなものだと、プラトンは言います。火はイデアの例えであり、その光があらゆる実在を影の形で投影するのです。一人の囚人が縛りを解かれ、自分たちの見ていたものは影だったのだ、と知ったとしましょう。しかし、影しか見ていないほかの囚人たちに対して、どうやったら、それが影に過ぎないことを教えることができるでしょうか。

 そのためには、影の正体を共有できるような学の力が求められる、とプラトンは説き、真実在を手にするのに必要な学として、上の三つ「算術」「幾何学」「天文学」をあげるのです。

 プラトンの洞窟の比喩を、新聞の世界に応用して、すぐれたメディア・ジャーナリズム論を展開したのがウオルター・リップマン(1889-1974)です。彼は、プラトンの影を私たちの抱くイメージに置き換え、メディアの実相を描き出しています。今回は、皆さんの間にも批判の多い新聞やテレビのマス・メディアに加え、SNSなど新しいメディアにも切り込んでみましょう。