4、阿川弘之の「論語知らずの論語読み」

 よく言われる「論語読みの論語知らず」は、物事を知らないのに知っているつもりでぺらぺら解題してしまう、厚顔無恥な人の例えですが、阿川弘之がこれをひっくり返してタイトルにしたのが今回のテキスト『論語知らずの論語読み』(講談社学術文庫)です。論語について何も知らないことを自負する著者が、さまざまな人や場面との触れ合いを通じて、少しずつ論語の世界に目を開かれていく、といったスタイルで書かれています。

 落語の八つぁん、熊さんの会話を思わせる軽快な一文で、いくつものエピソードが次々と登場し、軽めのデザートを食べているような気分になるのではないでしょうか。とはいえ、孔子の高弟の一人、曾子の言葉を紹介しての一文は、日本人の精神にいかに『論語』が深く染み付いているかを、語って余りあるものと言えます。

「曾子曰く、吾れ日に三たび吾が身を省りみる」(学而第一)
「曾子言いて曰く、鳥の将に死なんとするや、其の鳴くこと哀し。人の将に死なんとするや、その言や善し」(泰伯第八)
「曾子曰く、士は以って弘毅ならざる可からず。任重くして道遠し。仁以って己れが任と為す。亦た重からず乎。死して而して後已む。亦た遠からず乎」(泰伯第八)
 (吉川幸次郎『論語』上 朝日選書、p.23、pp.255-256、pp.260-261 より読み下し)

 この中で、「死して後已む」で知られる一節は、潜水艦の沈没事故として世界的に有名な「第六潜水艇の遭難」(1910.4.15)において、艇長の佐久間勉大尉が残した遺書に綴られ、のちに海軍軍歌(大和田健樹作詞、瀬戸口籐吉作曲)にもなって、後世に語られ続けている
”一品“です。

 広島湾で、ガソリンエンジンの煙突を海面に突き出して潜航運転する訓練中、煙突の長さ以上に艇体が沈んで浸水、深さ17mの海底に着底してしまったのです。酸素がなくなるなかの死の直前まで、佐久間艇長は冷静に事の成り行きを書きとめ、それが遺書としてのちの人々の賞賛の的となったのです。

「小官の不注意により陛下の艇を沈め、部下を殺す、誠に申し訳なし、されど艇員一同、死に至るまで皆よくその職を守り沈着に事をしょせり」とある冒頭は、「死して後已む」の曾子の言葉を髣髴とさせ、『論語』の精神の現れである、と語られるのです。

 この一節は、「士」と表現される人間のあり方を示したものですが、それは広い包容力と強い意志を秘めた「弘毅」な存在でなければならず、その責任は重く、道のりは長く、「仁」の実践を任務とし、死ぬまでそれは終わることはない、とまあ、そのような生き方を背負っていることを述べているのです。佐久間艇長の最後は、まさにこの一節を体現したものと受け止められたのです。

 「弘毅」は、第32代内閣総理大臣を務め、第二次世界大戦後の極東軍事裁判で文官として唯一A級戦犯として有罪判決を受け死刑となった弘田弘毅(1878-1948)の名前の由来です。海軍兵学校の「五省」が「学而第一」の「三省」をもじった、との話もある(『論語知らずの論語読み』pp.35-36)など、皆さん、阿川版「論語読み」をどう読みましたか?