5、「憂鬱な科学」経済学の幸福論

 私がどんなに哲学に熱中しているとしても、経済学は私の職業であり、私の職業は、幸福とは困難な関係にあることを認めることから始めたい。トーマス・カーライルに従って、経済学はしばしば「憂鬱な科学」と呼ばれる。しばしば経済学者は、おぞましい興冷ましと見られ、人間の自然な喜びも、互いに対する友情も、経済原理の公式の作り話にしてしまう。
              (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.387)

 前回は、「人間の幸福はGNPだけでなく、健康や教育などのさまざまなファクターによって左右されることを示しており、これらをケイパビリティとセンは総称している」との受講生の報告から始まりました。

 茂木は、ロバート・ノージックの「もっとリアルになること」(『生のなかの螺旋』井上章子訳、青土社、pp.200-201)を引用しながら、「どんな状態の自分をもっともリアルだと感じるか」の問いを立てました。想像できるリアルな自分へと人は達することのできる「潜在能力」を持っており、瞬間でもその状態にいたった時とき、人はもっとも自分が「生きている」ことを感じるのだ、というのが茂木の考えです。
 
 これを受けてある受講生が、ネット世代の若者の間で「リア充」(現実世界での充実)という言葉がはやっている、との話をしてくれました。別の受講生は、ある受講生が展開したコミットメント=お節介論に対し、「お節介はスパイスですね」と実に味のあるコメントをしてくれました。

 センと一緒にケイパビリティの理論を組み立てた女性の哲学者マーサC.ヌスバウムは、人間の中心的なケイパビリティを10個リスト化(下記参照)し、正義の必要条件とはいかなる社会においてもこれらを最低でもすべての市民に保障することである、と論じています(マーサC.ヌスバウム『女性と経済開発―潜在能力アプローチ』池本幸生他訳、岩波書店、2005.10、pp.92-95)。

1、 生命 人生を最後まで全うできること。早死しないこと。
2、身体的健康 健康、適切な栄養の摂取、適切な住居への住まい。
3、 身体的安全 移動の自由、性的暴力のない、性的選択の機会の所有。
4、 感覚・想像力・思考 政治・宗教・芸術・文学・音楽などすべてにおける自由な行使。
5、 感情 愛せること、嘆けること、切望・感謝・正当な怒りを経験できること。
6、 実践理性 良き生活の構想を形作り、人生計画について批判的に熟考できること。
7、 連帯 A 人々のために生きることができること。
  B,尊厳のある存在として扱われること、人間らしく働くことができること。…。
8、 自然との共生 自然界の生き物と関わって生きること。
9、 遊び 笑い、遊び、レクリエーションを楽しめること。
10、環境のコントロール A 政治的 政治的参加の権利、言論と結社の自由。
B 物質的 資産(土地と動産)を持つこと、他の人々と対等の財産権、雇用権、不当な捜索や押収からの自由。
 
 さて、みなさんはこのリストを見て、何を思いますか?