5、みよ、ここなる神の肩にかけし弓は…

            (『旅の日のモーツァルト』pp.63-76)

 機智に富んだ会話のやりとり、ダンス、居並ぶ人々による即席カノンの朗誦―伯爵家の風景は、現実のモーツァルトがさまざまな場面で体験していた生活そのものに違いない。『ドン・ジョヴァンニ』の旅で訪れたプラハから、ウイーンの親友・ドン・ジャカンにあてた手紙には、モーツァルト夫妻が友人や庇護者たちと送っていた日常生活を彷彿とさせる情景が描かれている。

 「ぼくらは到着するや、大急ぎでしなければならないことがあって、一時の昼食まで天手古舞いだった。食後、トゥーン伯爵はお抱え楽士たちの演奏する音楽でぼくらをもてなしてくれた。これがおよそ一時間半も続いたんだ。-こんな本物の楽しみを、ぼくは毎日味わえるんだよ。――六時にカナール伯爵と一緒に、例のブライトフェルトの舞踏会へ行った。ここは、いつもプラハの生粋の美人たちが、花と集まるところなんだ。-これはきみにおあつらえ向きじゃないか、ねえ、きみ!-きみがあのきれいな娘さんや婦人たちを追っかけて走る?-いや、足をひきずる! その姿が目に浮かぶようだ。ぼくは踊りもせず、いちゃつきもしなかった―踊らなかったのは、疲れすぎていたからだし、いちゃつかなかったのは、ぼくが生まれつき内気なせいだからだ」
 「(翌日)ぼくは自分の部屋にとても立派なピアノフォルテを運んでもらえたので、早速その晩それを使って弾かずにはいられなかったのは、きみにも容易に想像してもらえるだろう。むろんぼくらは《純愛の間》で、ちょっとした四重奏曲(と『きれいなリボンをぼくらも持ってる』)をこっそり演奏した」
(プラハのモーツァルトから、ウイーンのフォン・ジャカンへの手紙。1787.1.15)

 『きれいなリボンをぼくらも持ってる』 は、『いとしいマンデル、リボンはどこなの』(k.441)で知られている三重唱で、フォン・ジャカンが加わってのリボン探しの家庭的エピソードをテクストとして、1783年におそらく作曲されたと考えられている。「ちょっとした四重奏」とモーツァルトが表現しているのは、『ピアノ四重奏曲変ホ長調』(k.493 1786年ウイーン作)。
 モーツァルトは、ビリヤードや九本のボーリングである九柱戯、ダーツなどのゲームに興じ、コンスタンツェが知人に漏らした話によると「ダンス狂いで、音楽よりもダンスのほうが好きなくらいだった」という。

★この日は、聖徳大学音楽学部の大学院生たちが、受講生のために『ドン・ジョヴァンニ』を核としたモーツァルト歌曲のサロン・コンサートを開いてくれました。イタリア・ミラノに留学中のバリトン・小林大祐さんによる特別参加もあって、素晴らしいひと時を過ごすことができました。「まるでメーリケ描く伯爵家で、モーツァルトとともに歌を楽しんでいるような気がしました」と受講生の一人は感慨深げに漏らしています。

 伴奏を引き受けて下さった聖徳大学音楽学部准教授の鳥井俊之先生に、改めてこの場でお礼を申し上げます。

 演目、出演者と解説を載せた当日のプログラムを紹介しておきます。

SOA金曜特別コンサート    プログラム
                       於 聖徳大学香順メディアホール
                                2013-06-14
Sechs Nocturnos 6つのノクトゥルノ
 1. Luci care, luci belle いとしい光、うるわしい光よ K.346/439a 
 2. Se lontan, ben mio, tu sei いとしい人よ、お前が遠くにいると K.438 
 3. Due pupille amabili 愛らしい二つの瞳が K.439
 4. Più non si trovano 数多い恋人たちの間にも K.549
SopⅠ. 綱河 堀田 SopⅡ. 佐々木 中嶋 Bass.小林
  Vc.坂田

Sonata for Bassoon and Cello in B-flat major 1mov. K.292/196c
ファゴットとチェロのためのソナタ 変ロ長調 第1楽章
Fg.飯田 ちなつ Vc.坂田 桃子

Opera《Le nozze di Figaro》 歌劇《フィガロの結婚》
 ~”Non so più cosa son cosa faccio” 自分で自分がわからない
佐々木 菜穂子
 ~”Voi che sapete” 恋とはどんなものか
中嶋 薫子
 ~”Hai già vinta la causa” もう訴訟に勝っただと
小林 大祐

Opera《Don Giovanni》 歌劇《ドン・ジョヴァンニ》
 ~”Là ci darem la mano” 手に手を取って
堀田 亜沙子 小林 大祐
 ~”Vedrai carino” 恋人よ、さあこの薬で
堀田 亜沙子
 ~”Deh vieni alla finestra” 窓辺のセレナーデ
小林 大祐

Pf. 鳥井俊之先生

■出演者プロフィール■

綱河愛美 堀田亜沙子 佐々木菜穂子 中嶋薫子
 聖徳大学大学院 音楽文化研究科 音楽表現専攻 1年 声楽コースに在籍する学生。

飯田ちなつ (ファゴット)
 聖徳大学 音楽学部 演奏学科 4年 器楽コースに在籍する学生。

坂田桃子 (チェロ)
 聖徳大学大学院 音楽文化研究科 音楽表現専攻 1年 器楽コースに在籍する学生。

小林大祐
 東京芸術大学声楽科首席卒業。同大学院オペラ科修了。現在、明治安田クオリティオブ財団の奨学生としてイタリア・ミラノへ留学中。

鳥井俊之
 聖徳大学音楽学部准教授。

  • 解説-

Sechs Nocturnos 6つのノクトゥルノ
 この曲はいずれも2人のソプラノとバスのための三重唱曲である。どの曲も美しく柔らかい音楽にのせて、愛の美しさや悲しさが甘くせつなく歌われている。題名の通り6つの重唱曲からなっているが、今回はその中から4曲を選出した。
1.Luci care, luci belle いとしい光、うるわしい光よ K.346/439a
 ゆるやかな甘い旋律にのって、愛しい人を思うせつない気持ちを歌っている。
2.Se lontan, ben mio, tu sei いとしい人よ、お前が遠くにいると K.438 
 やさしく、ゆるやかな動きの中で、愛しい人を思う気持ちを歌っている。
3.Due pupille amabili 愛らしい二つの瞳が K.439
 やさしい旋律の中で、愛しい人に恋いこがれる気持ちが歌われている。
4.Più non si trovano 数多い恋人たちの間にも K.549
 メタスタージオの代表作〈オリンピァーデ〉の中で、アルジェーネがかつての恋人クレータの王子の無情を嘆き、昔の2人の愛を思い起こして歌われる。

Sonata for Bassoon and Cello in B-flat major ファゴットとチェロのためのソナタ 変ロ長調 K.292/196c
 低音楽器の二重奏という珍しい一曲。ファゴットの飄々とした音色を通奏低音風のチェロで支えた、終始低い音域の大変落ち着ける曲。

Opera《Le nozze di Figaro》歌劇《フィガロの結婚》
 十七世紀も半ば、セビリアにほど近いアルマヴィーヴァ伯爵の館。今日は従僕のフィガロと奥様の侍女スザンナが結婚する日。上機嫌のフィガロに、スザンナは伯爵がさかんに色目を使っていることを告白。怒ったフィガロは伯爵に一泡吹かせることを誓う。一方伯爵夫人ロジーナは夫の愛が去ったことを嘆いている。不実な伯爵を懲らしめる策略を立てる。フィガロは借金をたてに女中頭マルチェリーナから結婚を迫られるが、実は彼女の息子だと判明。伯爵はフィガロとスザンナの結婚を無効にしたいと思っていたのでガックリ。そんなときに伯爵のもとへスザンナから恋文が届くが、実はそれは伯爵を懲らしめる策略。伯爵はスザンナと衣装を換えた伯爵夫人をスザンナと思いこみ言い寄って、自らの不実がバレ皆の前で謝罪させられる。
 ~”Non so più cosa son cosa faccio” 自分で自分がわからない
思春期まっただ中の少年ケルビーノ。女性なら誰にでもときめいてしまう年頃の彼が心の内を歌ったアリア。
 ~”Voi che sapete” 恋とはどんなものか
ケルビーノが慕う伯爵夫人にいい所を見せようと自作の詩を精一杯歌う。恋への憧れに満ちた初々しい歌。
 ~”Hai gia vinta la causa” もう訴訟に勝っただと
フィガロに「裁判に勝たなくても結婚できるわよ」とスザンナが耳打ちするのを聞いた伯爵は一人でそれを怪しみ、憤慨する。そこで自分の意地を通そうと決意する歌。

Opera《Don Giovanni》歌劇《ドン・ジョヴァンニ》
 希代の女たらしドン・ジョヴァンニはドンナ・アンナを誘惑しようと屋敷に忍び込むが、彼女の父親に目撃される。あわてたジョヴァンニは、その父親を殺害してしまう。懲りないジョヴァンニは結婚式の最中に花嫁を誘惑。しかし、かつて結婚し3日で捨てたドンナ・エルヴィーラが現れ誘惑に失敗。父を殺したのはジョヴァンニであると気づいたアンナは村人に協力を頼み、彼に復讐をしようと決意する。一方ジョヴァンニは、墓場で口を聞く石像に出会う。その後ジョヴァンニの晩餐にやってきた石像はこれまでの行いを悔い、改心するようにジョヴァンニに迫るが受け入れなかったため、ついにジョヴァンニは地獄へと落ちてしまう。
~”Là ci darem la mano” 手に手を取って
ドン・ジョヴァンニが村娘ツェルリーナの手を取って誘惑する歌。恋人がいるツェルリーナだが、まんざらでもない様子…
~”Vedrai carino” 恋人よ、さあこの薬で
恋人のツェルリーナが誘惑され怒るマゼットはドン・ジョヴァンニを殺す計画をたてるが、返り討ちに遭う。痛がるマゼットのもとにツェルリーナがやってきて、「そんな痛みはこの私が治してあげるわ」と慰める。
~”Deh vieni alla finestra” 窓辺のセレナーデ
エルヴィーラの小間使いに狙いを定め、召使レポレロと服を交換し、召使に変装して誘惑する歌。セレナーデとは、元来は夕べに恋人の窓の下で歌う歌を言う。
                          (by  堀田 亜沙子)