5、ダ・ヴィンチにとっての「人間」

 ロマン・ロランは、『ミケランジェロの生涯』(高田博厚訳、岩波文庫)のなかで、ダ・ヴィンチの故郷でもあるフィレンツェについて「レオナルドの自由な精神には場所のなかった町」として、次のように書いています。

 「あらゆる宗教的又は社会的興奮にゆすぶられたり、各人が自由であるとともに暴君であったり、この上もなく楽しく生きられると同時に生活が地獄であったりする、あの熱に浮かれた、傲慢ないらだったフィレンツェ。-市民は、聡くて、狭量で、のぼせやすく、好き嫌いがはげしく、辛辣な言葉を吐き、疑い深い根性で、探り合ったり、妬み合ったり、貪り合ったりするあの都」(同p.11)
 
 ダ・ヴィンチは、基本的に「宮廷人」と呼ばれる都市国家王侯に出入りする準貴族のような立場にいました。意識の高い人たちもいましたが、ルネサンス人は基本的に「経済成り上がり」集団でしたから、巷にはむしろ「俗人根性」で満ちていたといったほうが良いかもしれません。おそらくはこのフィレンツェの人々を念頭に置き、ダ・ヴィンチは同時代の人々の俗物ぶりについて、『手記』のなかでさまざまに苦言を呈しています。

 「現在ある、そして過去にあったありとあらゆる悪は、このもの[人間]の手で行われたが、それでもまだ、その不埒な魂の欲望を満足させないようだ。このものの性質を述べることは、いくら時間を長くかけても、私にはできないだろう」「徳が生まれると、忽ち徳は自分に反対する嫉妬を分娩する。嫉妬なき徳より影なき物体の方がさきに現れるであろう」「善いことの記憶も、忘恩のもとでは、脆い」「俗物とは聖なる坊主を意味する」(『手記(上)』pp.39-53)

 欲望が無限である、とか、善の危うさ、坊主の俗物ぶり、と、ダ・ヴィンチはいわば人間社会批判とも言うべき言説を展開するのですが、嫉妬を徳の影であるかのような表現は、どこかアリストテレスの「徳(アレテー)」の分析を思わせます。アリストテレスは、もろもろの感情の中間に徳が位置する「中庸論」で知られています。嫉妬は、他人の名誉に対する度を過ぎた苦痛と定義され、ある意味では有徳の影にもぐりこんでいる感情と言えるからです。ヴァザーリが「驚嘆すべき神的な人」と描写した「万能人レオナルド」が、人々の心の中に無数の嫉妬を分娩させたことは、想像に硬くないでしょう。

画像の説明

 ダ・ヴィンチは、スケッチブックを手にして人々のいがみ合う表情などを観察しては描くのが常でしたが、彼の残した『モナ・リザ』など数少ない作品には、「生の人間」の香りが消えているような気がします。後年のダ・ヴィンチと人生が重なり、ミケランジェロの弟子とも言えるチェリーニ(1500-1571)は、その破天荒な人生によってダ・ヴィンチとは対極にある「悪徳」の代表とも言える人物(会田雄次著作集第十巻「ルネサンスの美術と社会(Ⅰ)(講談社、pp.264-273)です。

 「悪の美」をも感じさせる彼の代表作『ペルセウス像』を、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』と比較してみてください。チェリーニの作品のほうが、「人間のどろどろした現実」そのものを内包しているように思えるのですが、いかがでしょうか。
          チェリーニ作「メデューサの頭を掲げるペルセウス」(上)