5、フルトヴェングラーかカラヤンかー40番の饗宴

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 音楽は再現芸術です。演奏家・指揮者によって同じモーツァルトでも、驚くほど違った顔を見せます。皆さんは、ともにベルリン・フィルに君臨したフルトヴェングラーとカラヤンのどちらが好きですか。11人のベルリン・フィル奏者から、フルトヴェングラーとカラヤンについての証言を集めた川口マーン恵美の『証言・フルトヴェングラーかカラヤンか』(新潮社、2008.10.25)をもとに、「音楽とは何か」「演奏とは何か」の本質的な問いに迫ってみましょう。

 二人が指揮するモーツァルトの違いも楽しんでもらいます。曲は、三大交響曲の一つ、小林秀雄が「疾走する悲しみ」の名言を残すきっかけになった短調の傑作ト短調40番です。時間があれば、カラヤンがピアノを演奏しながら指揮したピアノ協奏曲21番ハ長調もおかけすることに致します。

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吉田秀和の語りとともに聴く
モーツァルト三大交響曲39番、40番、41番
 https://www.youtube.com/watch?v=iAT42BqZxhc

 ●テーリヒエン(ティンパニー奏者)
「(フルトヴェングラーの)指揮棒はこう弾けという命令を出す指揮棒ではなく、アンテナなのです。作曲家の意図を受信するアンテナ、オーケストラと交信するアンテナ、そしてまた、オーケストラの響きを受信するアンテナでもあった。だから、彼は我々に命令することも強制することも必要なかった。それにもかかわらず、百二十人の団員は、誰一人として彼の作り上げる音楽の世界から、逃れられなくなってしまったのです」
「フルトヴェングラーは、指揮を始める前に、すでに体全体で音楽を感じ、体じゅうが感動で一杯になっていた。ベートーヴェンの五番『運命』の冒頭では、彼はただ、こういうふうに指揮棒をブルブル震わせているだけでした。これが、彼がこの曲から感じた冒頭の響きだったのです。…だけど、こんな指揮をされて、どうやって始めればいいものか。我々はそのたびに途方にくれ、それでも、どうにかその感動を分かち合おうと、フルトヴェングラーの頭の中で響いている音を探すのに、必死になったものです」
「カラヤンは、目を瞑って、ただ手を動かしていた。何も示さず、何も要求しなかった。だからオーケストラはフルトヴェングラーの遺産を踏襲し、独自の能力で演奏していけた。室内楽的な能力の団員が揃っていたから、他の楽器の音に耳を澄ましながら曲を作り上げることなど、わけもなかったんだ。つまり、カラヤンにしてみれば、最小の労力で、最大の効果を挙げたということになる。そして、これが“魔術師カラヤン“などと喧伝されたんだが、何のことはない、カラヤンなどいなくても、我々は同じように演奏できたでしょうね。これが“魔術師カラヤン“の種明かし」
「カラヤンの指揮に欠けているものは感情です。カラヤンが感情なしで指揮をする。すると、オーケストラも感情なしで演奏する。…だいたい、最初から最後まで目を瞑って指揮をすれば、オーケストラとの交信はないも同然です。それを偉大だと勘違いし、大騒ぎした聴衆にも責任はあるといえます。フルトヴェングラーは、自分のイメージした音を引き出そうとするとき、我々に向かって悲痛な、懇願するような目をしたものです」

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●バスティアーン(ヴァイオリン奏者)
「フルトヴェングラーは、音楽の中で生きていた。特に、指揮をしている間は、自分だけの別世界に生きていた。どっぷりと音楽の世界に浸っていたのです。しかし、カラヤンは違った。カラヤンの指揮には、いつも計算がありました。フルトヴェングラーが感情の人なら、カラヤンは知性の人だったと言えます」

●ピースク(ファゴット奏者)
「フルトヴェングラーの音楽が予測できなかったのに対し、カラヤンは、自分がどのいうふうに演奏したいかを事前に示し、その通りに指揮をしました。録音の時だって、テンポも何もかもすべて決めて、自分のイメージ通りの音楽を作っていく。…カラヤンはねとにかく、あらゆる機会を使って録音をしましたよ。しかも、ほかのところで録音したものを挿入するなんてことは、朝飯前だった。…音はオリジナルで、吹いている振りをして画像だけ取り直す、…プレイバックは日常茶判事でした。…気をつけてビデオを御覧なさい。我々の動作と音楽が合っていないところがたくさんあるから」

●ライスター(クラリネット奏者)
「カラヤンは、まさに響きの天才でした。さまざまな異なった響きを一つの大きな響きにまとめることに、最大の努力を払いました。カラヤンの響きに対する感覚は異常なほどで、これは、誰にも真似ができないでしょう。たとえば、四種類の木管の響きを、カラヤンは一つの木管グループとして調和させてしまう」
「カラヤンは、確固としたビジョンを持っており、それを生涯追求した。そして、最後までそれに到達するために努力し続けたのです。リハーサルでも、本番でも、録音でも。特にリハーサルでは、カラヤンは執拗に自分の理想の音楽を追求しました。思い通りになるまで、絶対に諦めなかった。…たとえば、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を考えてください。非常に難しい曲です。この曲をカラヤンは、徹底的に、時間をかけてリハーサルした。その完成度は、我々が指揮者なしでも演奏できるほどのものでした! そして、これこそがカラヤンのリハーサルの最終の目的だったのです」
「カラヤンはものすごく頭のいい人だったので、フルトヴェングラーからベルリン・フィルを受け継いだ時、まず何もせず、オーケストラに自由にやらせたのです。そして、時間をかけてだんだんと自分の理想の音楽を作り上げることを始めた。何かを変えようと思えば、時間をかけなければいけない。ましてや、ベルリン・フィルほどのオーケストラを自分の理想に変えていくことは、五年やそこらではできない。十年は掛かる。それを知っていたからこそ、カラヤンは非常に慎重に事を運んだのです」
「徹底的にリハーサルをしたあとは、オーケストラに委ねるのです。オーケストラを信頼し、オーケストラに自由を与え、自主的に演奏させるのです。いいですか、こういうことが可能なのは、リハーサルが完璧にできているからなのです」

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初めてでも名曲を楽しく弾ける練習法があります。

●ツェッペリッツ(コントラバス奏者)
「オーケストラは、フルトヴェングラーの父親みたいなものでした。我々は、彼の面倒を見たのです。カラヤンは、オーケストラの父親です」

●「フルトヴェングラーのリハーサルはいつもコンサートのようだった」(前記バスティアーン夫人の印象に残った夫の言葉)