5、リスボン大地震が神への呪詛を生む

 現実のリスボン大地震の様子を手紙などで知ったヴォルテールは、「リスボン大震災に寄せる詩―あるいは『すべてが善である』という公理の検討」(1756年)(光文社版『カンディード』斉藤悦則訳、pp.231-249)を、わずか数日で一気に書きあげ、強い不信を神にぶつけています。

おお、不幸な人間たち、おお、呪われた地球
おお、死すべきものたちの恐ろしい群れ
永遠に味わわされる無用な苦しみ
「すべては善である」と唱える歪んだ哲学者よ
来い、すさまじい破壊のようすをよーく見るがいい
その残骸、その瓦礫、その灰を見よ
地面には、女たち、子供たちの死体が重なる
砕けた大理石のしたに、ひとの手足が散らばる
大地の餌食となった十万もの人間たちが
深手を負い、地にまみれても、まだぴくぴく動いている

 このような書き出し(p.232)で始めた詩は、「すべては善、すべては必然」とのライプニッツ哲学に疑問を投げかけ「あなたは…神の慈悲を否定したいのか 神は偉大なる工作者なのに、自分の設計どおりには 世界をつくることができなかったのか」と糾弾するのです。ヴォルテールのライプニッツ批判は止まりません(p.239)。

「人の不幸は他の存在にとっての幸福」と、あなたは言う
血まみれの私の体から、千匹のウジ虫が生まれてくる
死が私を苦しめている不幸を終わらせ
ウジ虫が私の死体を食べてくれる、それを喜べと言うのか

 「われわれは善なる神をどう理解したらよいのか…完全なる存在である神から、悪が生まれるはずがない 神のみが創造主であるから、ほかから生ずるはずもない しかし、悪は存在する、この悲痛な信実 おお、正反対のものの驚くべき混在」(pp.241-242)

 そしてヴォルテールは、イスラムの指導者カリフが、臨終の際に唱えた次の言葉でその詩を閉じます。「唯一の無限の存在であるあなたに 私は唯一あなたがお持ちでないものを捧げます すなわち、欠点、後悔、苦悩、そして無知」。なんという神に対する一撃。引用だけでは満足できず、ヴォルテールは神への痛烈な呪詛で締めくくります。

 「いや、神に欠けているものはまだあるぞ、それは『希望』だ」

 ライプニッツの「最善説」とも袂を分かち、ヴォルテールは、「彼は自分でも理解できない大冊をものにした」と書くまでに到るのです(『哲学事典』高橋安光訳、法政大学出版局、p.58)。