5、多数決のパラドックス

初期の社会的選択理論家を動かした動機は、社会的選択の手続きにおける恣意性と不安定性を回避することにあった。…しかし、彼らの理論的研究は概して悲観的な結果に終わった。例えばコンドルセは多数決によってAがBを負かし、また多数決によって B がCを負かし、同様に多数決によって今度はCがAを負かすというように、多数決原理は全く矛盾したものになりうることを示した(「コンドルセのパラドックス」)
                (アマルティア・セン『正義のアイデア』p.151)

 ニコラ・ド・コンドルセ(1743-1794)フランスの数学者、哲学者、政治家。数学を用いて近代民主主義の原理を示した。多数決は必ずしも有効ではないことを示す「コンドルセのパラドックス」で知られる。

 前回は、ハイデガーの言う「知の地平」から、私たちは抜け出すことが出来るのか、について話題が弾みました。受講生の一人は、父親の言葉「起きて半畳、寝て一畳」を思い出しました。別の一人は、解脱した釈迦が、語りえない悟りを語る事によって自らを抜け出ることを試みた結果、仏教が人々のなかへと広がっていった、との興味深い認識を示してくれました。さらに別の方は「旧約聖書の『はじめ言葉ありき』の『言葉』はロゴスですね」との重要な指摘をしてくれました。ある受講生が、この哲学教室に出ることも「別の地平に出ることだ」と考えているのに対して、「そんなことは全然ない」と言う受講生もおり、「私たちは自分の地平から出ることは永遠にない」と考える方もおりました。ある受講生のように、山登りから海辺への散歩の切り替えも、一種の「地平を出ること」だと考える人もいます。
 多数決によって独裁者が逆に生み出される危険性を2000年以上前にプラトンはすでに洞察していました。たった一票の違いでどちらが「正義」かが決まりかねないこの手法は、古くはソクラテス裁判死刑判決の陪審員三十票差(261対240?)、フランス革命におけるルイ16世の議会ギロチン評決(一説によると361対360)の例が、その脆弱性を具体的に示しています。多数決幻想は、私たちを閉じ込めている「知の地平」の一種と言えないこともありません。
 ソクラテスの問答法は、私たちを「知の地平」から救い出す一つの方法に思えます。対話を通じてソクラテスは、私たちをがんじがらめにしている世界(固定観念、思い込みなどのさまざまな呪縛)から解き放ち、自由にしてくれます。生物が海から陸にあがったのは、生物が具えている「好奇心」である、と、天文学者の海野和三郎は言いました。実に興味深い言明です。
 何らかの 「言葉」によって私たちが動かされるならば、その「言葉」は「知の地平」を破る可能性をもつものなのではないでしょうか。この「好奇心」も、そして「起きて半畳、寝て一畳」も、根底では通じている、「存在の縛り」を解き放つ「言葉」です。たとえば「共感」はどうでしょうか。ほかにどんな「言葉」があるでしょうか。